2010年3月23日火曜日

大家のこと

 先日、ボイラーが壊れて交換することになった。ボイラーがおかしいことがわかって、朝、大家に連絡、その日のうちに捕まる修理人を手配してくれたが、初日は夜、見に来て、交換が必要とだけ言って帰り、翌日は、もう一人を伴って現れ、そのもう一人が現場の様子を見て、さらに翌日、彼が新しいボイラーを持ってやって来て設置――と3日かかってしまった。
 ドイツ時代の大家だったら、本人が即日やってきて設置工事までやってしまっただろうな――と懐かしく思い出した。

 ドイツ時代の大家は、本業は左官業だったか、建物の修理が専門で、私たちが住んでいた家は、地下+平屋のかなり広い家だったのだが、彼が建てたというもの。暮らしている時も、ときどき、見に来て、留守中に合鍵で家に上がって、細かい修理をしてくれていた。最初は、旅行から帰って来て、人が入った気配があって、何かが直っていたり、モノが増えたり、ひどいときには、散らかしてあったところをちゃちゃっと片付けてあったり――したときは驚いたものだが、そのうち慣れてしまった。シャッターが上がらなくなっていたのが直っていたり、床材が貼り直されていたり、漆喰を塗り直してあったり。それこそ、ボイラーが新しくなっていたこともあった。
 二週間に一度くらいか、庭の芝刈りもしてくれていて、私が午前中、のんびり風呂に入っていると、外に来ていて、出にくくなってしまったりすることもあった。
 世代的に、私の親くらいの世代。風貌も見るからに職人風、ドイツ語のほとんど出来ない店子の私と、Gattin、Gattin(奥さまという意味らしい)と呼びかけ、いつも身振りと簡単なドイツ語で話しかけてくれた。夏には、庭でとれたというサクランボを持って来てくれて、一度、うちの親が来ているときにでくわして、果物好きの父親を喜ばせたりもした。
 あるとき、芝刈りに若い男の人が現れ、彼は大家の婿だといい、大家は病気で入院しているという。芝刈りみたいな作業でも、大家との腕の差は歴然だし、心配だし――と思っていると、しばらくして大家がまた現れ、実は手術をしていたのだという。シャツをめくりあげ「ほら、傷跡を見てみるか? 触ってみるか?」と言われ、けっこうですとお断りした(いや、目には入ってしまいましたが)。あまりに陽気なのでほっとしたが、夫人の話では、癌で、手術後、一時、かなり危険だったこともあったのだそうだ。
 それでも、未だに、クリスマスカードは連名でやってきて、毎年ほっとする。家のその後の店子の話も書いてきてくれる。私たちが出てからは、ドイツ人家族が暮らしていて、今は二代目になっているらしい。いくつのこどもがいるとか、犬がいるとか、そんなことも知らせてくれる。前にボンに行ったときに、近くまで行ってみたら、私が昔使っていた部屋が子供部屋になったらしく、窓にこどもらしい飾り付けをしてあるのが外から見えた。

 一方、今度の大家は、本業はコンサルタント業。市内にいくつか不動産を持っているらしい。50代くらいか、長身細身で、メガネをかけていて、人懐っこい笑顔のインテリな男性。私たち夫婦とはきれいな英語で話す。最初から、私たち家族のことはファーストネームで呼びかけてくる。契約後、私たちが入居してからも、室内のペンキの塗り替えがあって、職人が出入りしているとき、彼も監督したり、細かい作業をしたりしていた。
 あるとき、「これから、足りないペンキを買いに行くが、M(と私のファーストネームを呼んで)も行くか? 一緒にドライヴを楽しむって言うのはどうだろう?」と言う。ファーストネームで呼ばれてそんなことを聞かれるとどぎまぎしてしまうが、「いや、行かれません。今日午後、私は家にいなくてはなりません。なぜなら、ベッドを受け取るからです」とたどたどしく返事をすると、「君の言いたいことはこうだね? 私は行かれません。なぜなら、今日は、ベッドの配送の約束があって、午後は家で待ってなくてはならないからです。そうだろう? うん、分かったよ」。一事が万事、こういう会話。なんだか英語の添削をされている気持ちになったものだった。
 ペンキ塗りも終わり、細かい作業も終わって、合鍵を全部私たちに引き渡す――というときに、彼は、白い薔薇の花束を買って持って来てくれた。ちょっとついでにスーパーで買って来たんだよ、というラフな花束。それを「Welcome your home!」と笑顔で渡されたときには、ああ、ベルギー人ってラテンのほうの人だったなあと思ったものだ。「花瓶がないよね、でも大丈夫」と、ペンキ塗り職人たちの飲んでいた1リットルジュースの空き容器を良く洗い、さっとカッターで切って、ふわっと活けてくれたラフな感じがまた似合っていて格好よかった。こどもには、小さなぬいぐるみのキーホルダーを買って来て、「これは、君の部屋を決めてもらったら、そのドアにかけておきなさい。君の部屋っていうマークになるよ」と言ってくれた。こどもはたいそう気に入ったので、けっきょくそのキーホルダーは、幼稚園に通うかばんに付けられ、ずっと一緒に通っていた。
 なにごともなければ、彼も、やってこないし、会う機会もないのだが(夫とは、細かい維持費の精算等でメイルのやりとりがあるらしいが)、去年、管理人さんの還暦の(?)お祝いを住民たちでしたときに現れた。しばらく歓談して、「ところで今日は、Tは?」と聞かれ、「T???」という顔をしてしまい、「何を言ってるんだ、君の夫だよ!」と言われてしまった。いや~、日本人は、親戚や、よっぽど親しい友人でもなければ、その場にいない相手の配偶者のことをファーストネームで呼んだりしないものなんですよ!

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