2010年2月18日木曜日

洗濯のこと

 洗濯機を壊してしまった。
 エラーコードを頼りに、排水トラップから水を出してみたり、電源を切ったり、コードを抜いたりまた入れたり、いろいろしてみたのだが、エラーコードが消えない。マニュアルを見ると「排水トラップから水を抜いてもエラーコードが消えない場合はサービスセンターに連絡しよう」と書いてある。
 ははは……。
 エラーコードから判定するに排水フィルターのつまりということになるのだが、原因になったのは、古いセーターをフェルト化してみよう! で洗濯機をおもちゃに遊んでいたから――と、まあ、完全に私の責任なのであった。なので、日頃は「うーん、とりあえず夫に相談しよう。帰って来るまで放っておくか」なのが、悪事がばれる前に! と、火事場の馬鹿力であれこれやってしまった。メーカーの日本法人のサイトに行って発見できた日本語版のマニュアルをダウンロードしたり(これまで、独仏英のマニュアルを並べて、なんとか解読していた苦労はなんだったのか)、メーカーのサービスセンターを調べ、電話し、英語で会話し、修理の予約を取るところまで一気にやってしまった。
 修理の予約は一週間後。「もっと早くなりませんか?」とくいさがるが「これが一番早いタイミングです」。しかも来る時間は「当日、電話するから」。「えーっと、何時になりますか?」「8時から17時の間。そっちに行く人間が向かうときに直接電話するから」。いや〜、ベルギー標準。もう慣れましたけどね〜。
 しかし、ベルギーのサービスセンターなので当然なのかもしれないが、オペレーター氏はまず「Bonjour!」と出るが、こっちが「Hallo!」と英語で話す気満々で返事すると「Ja!」とフラマン語で返答。続けて英語で「そちらの洗濯機××(型名)を使っているものですが」と話すと、さっと英語に切り替えてくれた。これは正直にすごいなあと思う。

 その一週間は、コインランドリーで乗り切った。
 思えば、引っ越して来てすぐはホテル住まいだったし、その後もしばらくは洗濯機がなかったから、1ヶ月以上ずっとコインランドリーだったのだ。その頃は自転車もなくて、週末はともかく、平日は段ボールにおもいっきり汚れ物を詰めて抱えながら、子供の手を引いてトラムで出陣していた。
 大規模なコインランドリーが多く、洗濯機も乾燥機も20台近く並んでいる。そして、いつも意外に繁盛している。
 普通の裕福な家庭の主婦っぽい、つまり、家に洗濯機くらいあるでしょう? と思うような人も来ていて、そういう人は、シーツやテーブルクロスといった大物を洗っていたりする。店内に上におおきなクリップ?のついたポールのようなものが立っているのだが、そこにシーツの片端を挟んで、離れて広げ、折って行くときれいにたためるのだ。また、おおきなローラーのついた印刷機か版画のプレス機かというような機械があり、スイッチを入れると熱くなって、洗濯物をそこでのすことができる。
 きれいに乾燥からプレスまでして、たたんで帰るものらしく、整理用のおおきなテーブルがある。男性が一人、一枚一枚きちんとたたんでいるのに驚愕しつつ、自分は段ボールに放り込んで帰って来てしまったこともある。最初は、自分が大雑把だからかと思ったのだが、家に帰ってたたみながら、そうだ、日本人は、人目のあるところで自分の洗濯物をいじるということに慣れていないのかも、と気づく。
 また、日本と違うといえば、規模が大きくていつも飽和状態にはなっていないせいか、みんな乾燥機は何台かにわけて同時に使っている。東京では、私もコインランドリーは乾燥機だけ利用していたし、常に乾燥機は競争状態だったので、最初は抵抗があったけれど、もちろん、時間は一気に短縮できるわけなので、すぐうちもそうすることにしてしまった。
 最近は、旅先で使うときが何度かあったけど、すっかりご無沙汰していたコインランドリー。ちょうど昼時に行ってみたら、やはり暖かいからか、若者たちがたむろしている場となっていた。近くのパン屋さんからサンドイッチを持ち込んでしゃべっている男子、けっこうべたべたなカップルもいた。外は氷点下だし、簡単な飲み物の自販機や、駄菓子のUFOキャッチャーもあるし、椅子もたくさんあるし、ちょうど時間をつぶすのに良いのかもしれないが、不思議な感じ。洗濯物をぶち込んだら、カフェに移動しようかと思っていたけど、編みかけの靴下を持ち込んで、それで私もずっと時間をつぶしていた。

 さて、修理当日。家にいなかったら「だって留守だったから」と平気で工事の人は帰ってしまう可能性大なので(以前、衛星テレビのセッティングでやられた経験あり)、子供の送りも夫に頼んで家に蟄居。「そもそも私の英語力で予約は本当に取れているのか?」「ひにちは本当に今日なのか?」「17時くらいに電話がかかってきて、『前の家で今までかかってしまった、よって今日は回れないから予約とりなおして』と言われたりして」「修理を始めたは良いが、『部品忘れてきたから、また予約取り直して』と言われたりして」(以前、ベッドの配達でやられた経験あり)と悪い想像を夫と口に出して本当にそうなってもショックを受けないようにする。
 でも、幸いなことに、12時頃連絡があり、13時には来てくれ、修理自体は簡単なものだったらしく(まあ、日本の洗濯機だったらセルフメンテの域だよね……、こっちのは排水パイプを外したりしてたけど)、すぐ終わって、これからは乾燥機を使うたびに、掃除用の排水ホース(主パイプと別にあるのです)を掃除しろとか、それをやったら、エラーコードを消すには、洗濯機自体を前傾させると消えるからそうしろとか、指導を受ける。

 日本語のマニュアルを見て、今まで気づかなかった洗濯コースやオプションをいろいろ試し、使い勝手がとても良くなって、これにて一件落着。

2010年2月5日金曜日

節分のこと

  2月2日はベルギーではクレープを食べる日だという。在住日本人向けの情報誌に書いてあったので、面白いから、家でやってみようかな、と思っていたところ、当日、幼稚園の帰りに子供が「今日はクレープを焼いたんだよ!」と興奮して言う。そういえば、去年のクラスでもクレープを焼いたことがあったな……と思い出し、メイルボックスをあさって見ると、母親宛に幼稚園で自分たちでクレープを作ったんだって、と書いたメイルがあり、やはり2月2日だった。去年はまったく意識しなかった(むしろ食育的なものだと思っていた)けれど、これは行事食だったのか。
 情報誌に、この日のChandeleur(聖燭節)という名前が出ていたので、さっそくWikipediaに行って、さらに調べてみると、クレープを食べるという習慣がやはり出ている。丸く焼いて太陽に模して食べることで、冬の終わりを祝うもので、それはフランス、ベルギー、スイスの習慣だという。面白いので、そのままそれをドイツ語ページに跳んでみると、ドイツの記述にはクレープを食べる習慣が出てこない。キリストが誕生日の40日後、神殿を訪れた日(初めて清められた日)を記念しているのだと言うが、こういう土地限定なのは、ゲルマン民族が冬、もみの枝を室内に飾る習慣を取り入れたのと同じで、キリスト教以前の土着の習慣を布教の際に取り入れたのではないだろうか。

 さて、翌3日は日本の節分。豆まきは、日本食材店に行けば炒り豆は手に入るだろうけど、掃除とか面倒だし……とやめることに。恵方巻きもそもそもあまり身近な習慣ではないし、子供が酢飯を嫌うので、やめよう。だが、ちょうど水曜日だったこともあって、子供が家にいるとなにもしないのもなあ、という気持ちになって来た。
 よし、鬼のお面だけでも作るか! まず、二人で下書きをしてみる。子供も、イメージがあるのか「目が怖い! きばがすごいよ〜」などと言いながら描いている。その後、束で与えてある色上質紙に描く。子供は、いつものぬいぐるみのレギュラー陣にもあげたいと言い出し、机に連れてくる。「みんなの分ありますから、順番に並んで待っていてください!」などと指示して並ばせている。子供が描いて、私が切り抜く。赤鬼、ピンク鬼、オレンジ鬼、水色鬼……、パステル調の鬼が出来てくる。子供が「青鬼は角が1本だったよね」と言って、「つーのー1本青鬼どん、つのつの2本赤鬼どん」と歌いだす。あれ? それって保育園で習った歌? と聞くと、嬉しそうにうん、と言っている。そんな記憶が残っていることにちょっと驚く。それでいて、ぬいぐるみたちには、「これは鬼のmasqueです」と説明。フランス語が混じっている。
 最後に、お面の裏側に毛糸をテープで貼って子供やぬいぐるみにかぶせてやる。興が乗って来たので、極小のも作って、プレイモービルの親子の顔にテープで貼ったり。
 パパを驚かせるんだ! と言って、ぬいぐるみたちをソファーに一列に並べていたけれど、帰って来た夫は、大笑い。驚きも恐がりもしなかった、と子供は怒っていたが、いやいや、これだけ受ければ充分ですよ。

 ふと、キリスト教が本当に日本に根付いていたら、節分の習慣も、聖燭節のイベントとして型襟継がれるようになっていたかもしれない――などと思う。恵方巻きはエルサレムの方を向いて食べることになっていたりして、などと妄想する。

 今月の中旬には、大々的なお祭り「Carnaval」がやってくる。身もふたもないまとめ方をすると、キリストの受難の日を前に、ばか騒ぎをしてごちそうを食べ納めしておく――というものだが、ドイツではRosenmontagと呼ばれる中心となる月曜日(今年は15日)からの一週間は、学校も休みになる。仮装や行列がイベントの中心になり、ベルギーでは、世界遺産の無形文化財に指定されている土地もあって、土地ごとに独特な仮面をかぶる。幼稚園では年中クラスで、この時期には仮面博物館に行って、それらを学ばされるし、今のクラスでも、ベルギーCarnaval地図を先生が作って貼り出していた。そして、紙皿を使ってお面を作ったり、作りたいお面の絵を描かされたりもしている。子供は牛のお面を描いていた。やつの頭の中では、これらの習慣がどのように記憶/整理されているのだろうか。

2010年2月3日水曜日

歯のこと

 子供の歯が抜けた。第一号。下の前歯である。ずいぶん前からぐらぐらしていたのだが、子供にとっては、とても嬉しかったらしく、毎日、気にして触ってみたり、幼稚園の同級生に触らせてみたり。いつもの日本人グループの子たちはもちろん、普段、そう仲が良いと思えないような男の子の名前を挙げて、その子の歯は、もう上が抜けていたとか言っていた。
 もう、大人の歯なんだから、虫歯になったら大変だよ! と脅かしても、本人にはあまり実感が湧かないようだ。かこさとし氏の『はははのはなし』をまた読ませる。そんなことは大人の考えることで、子供にとっては、歯が大人の歯になる、ということはとても嬉しいことらしい。抜け替わった歯をさっそく見せびらかせいて回って、また、自分より早く永久歯が大きくなっている子がいるとか、興奮して語っている。歯の抜け替わりの早さは個人差が大きいというが、同じクラスで一番小さい11月生まれ(といっても、ドイツ人で身体は大きい)女の子も、もう1本目の永久歯が完全に大きくなっていたり、同じ3月生まれの男の子で、身体も小さいし、おっとりしている子が、もう上の歯が抜けていたりと確かにまちまち。
 よほど嬉しかったのか、「もうお姉さんになったから、今日は一人で寝ます!」と宣言、いつもだったら、それでも結局寝る段になったら、父親を呼びに来たりするのだが、その日はちゃんと朝まで一人で寝ていられた。翌日には、また一人で寝られない子供に戻っていたけれど。

 夫も私も、乳歯のときから虫歯があったし、歯科医にはずいぶんと通った。誰でもそうかもしれないが、私は本当に歯科医が嫌い。自分で行くのも嫌いだが、子供を連れて行くことにはなりたくない。これまで行かずに済んでいるのは幸いである。もちろん、歯科医もどんどん進化しているとは思うが……。
 最後に通っていたのは会社のそばの歯科医。マニアックなまでに歯を好きな院長を気にいった同じ部署の先輩が布教して回って、何人もの部員が通っていた。歯についての哲学があって、いくらでも語ってくれる。ある時、朝一番の予約のキャンセルをしなくてはならないことがあり、夜のうちに留守電に入れておいた方がお互い好都合かと思い、22時すぎに電話をしたら、院長が出たことがある。診療時間のあとは、自分の勉強時間にしているのだとか。翌日の治療について、計画を立てたりしているらしい。自分の治療例の記録を取るのも好きで、ずいぶん、私も口の中の写真を撮られたものだが、それを見て復習をしたりもするらしい。そんな話をまた熱く語られてしまった。
 人間的には非常に気に入っていたのだが、最後に下だけ残っている親知らずを抜くことになり、片方抜いたときにとても痛くて、また、性格がへたれなので、そのものの痛さもさることながら「嫌だなあ」という気持ちが強く身体がこわばってして、全身が凝ってしまい、一週間、本調子に戻らなくなってしまった。次は、もう片方を抜きましょう……と言われて、のらりくらりと逃げているうちに、引っ越してしまったのだ。

 さて、日本では、抜けた歯を下の歯なら屋根の上に、上の歯は縁の下に投げる習慣があったと思うが、ヨーロッパでは、最初に抜けた歯は寝るときに枕元においておくと、ネズミや妖精がやってきて、歯をもらって帰って、代わりにコインやお菓子をくれる――という言い伝えがあるらしい。また、抜けた乳歯をとっておく入れ物もある。ドイツだと、雑貨屋やおもちゃ屋に木製のかわいいものがあるし、ブリュッセルでは、薬局の子供用歯磨きのところにプラスチックの歯の形のものを見たことがある。調べたら、日本でも記念にととっておくケースがいろいろ出ているようだが。ものとして可愛いいものもあるし、欲しい気持ちもあるのだが、抜け落ちた歯というのは、私は少々気持ち悪さを感じてしまう。最初の一本だけならまだしも、どんどん貯めていくのだろうか?
 うちの子供の歯は、夫がとりあえず……といって小さなジップロックに入れてしまっていた。