2010年1月26日火曜日

亀のCarolineのこと

 娘の今年の担任は、亀が好きで、自画像的に亀のイラストを教室に貼ったり、身につけるアクセサリーやキーホルダーもみんな亀。そして、15センチくらいの小さなぬいぐるみの亀を一匹教室で飼っている。
 Carolineと名付けられたそのぬいぐるみは、普段、教室で遊んでいるのだが、週末には、子供たちの家にお泊まりにくる。金曜日、担任から、Carolineと、ノートの入った鞄を渡された子供がその週末の担当。週末、子供と一緒に過ごすさまをノートに書いて(それはもちろん親が)、出来れば写真等も貼って返して欲しい――と、この年度の始めに、保護者宛のお知らせもあった。

 先日、ついに子供が連れて帰って来た。さっそく、自分のぬいぐるみに紹介したり、話しかけたりして遊んでいる。
 ノートを見ると、多国籍クラスなのに、みんなびっちり長々とフランス語で書いている。写真を取込んで、新聞風? に紙面を作成、プリントした物を貼っている親もいる。じっくり読むと、楽しく家に迎え、他の家族や自分のおもちゃと一緒に遊んだり、外へ出かける時(映画を見るとか、クリスマス市に出かけるとか)にも連れ出している――このぬいぐるみはツールであって、本当は、週末の子供たちの暮らしをかいま見るところに目的があるのだなあと思われてくる。シリアルを食べている食事の様子や、レゴで遊ぶ部屋の様子、習っているバイオリンの発表会、親戚同士で集まるテーブル、花火で祝う年越しなどなど、写真もあるのでよくわかる。そのノートを返すと、先生がみんなの前で読み上げて、追加的な説明を子供がするのだそう。単純に面白そう! とばかり言っていられないようなプレッシャーをいまさら感じてくる。
 その週末は、ちょうど大雪の週末だった。そり遊びをメインに据えることにして、他のおもちゃに紹介していっしょに遊ばせるところ/そり遊び/お昼にうどんを食べているところの3段落で構成することにする。プレイモービルの一家の暮らすドールハウスを訪ねさせたり、雪の積もった公園に連れ出して、写真をたくさん撮る。並行して、フランス語で作文。これまでの人のを参考にしたり、例文集を参照したり。子供とも相談する。現像した写真が意外に大きいので、背景は切り取って、ノートの見開きにコラージュして、あまりに短い私の仏作文を、ぽつぽつと配置しつつ、にぎやかしに写真に吹出しを貼って台詞を入れてみたり。日本名物MANGAってことで! と酒の勢いを借りて、ハイになりつつ子供も寝たあとの夜中に作業する。なんとか完成させて担任に渡した。金曜日に、発表会?があって、子供も話したとのこと。いつものことだが、ちゃんと話せているのだろうか? みんなの反応はどうだったか聞いてみるけれど、もちろん、まあふつう……的な返事。

 その後も、お迎えに行くときに、子供たちが、Carolineと遊んでいたり、うちの次にお泊まりに行った家で、作ってくれたという空き箱を利用したおうちができているのを見たり。もちろん、自分だけの大事なぬいぐるみたちとはまた別だけど、子供たちにとってクラスで共有する大事なキャラクターに育っているのだなあと思わされたのだった。

2010年1月20日水曜日

アムステルダムの旅のこと


 週末にアムステルダムへ行って来た。
 金曜日、夫の仕事のあと夜出発なので、お弁当を作る。おにぎりと、骨なし鶏肉が買える金曜なので唐揚げとブロッコリー。ミニトマトやみかんも持って行く。車中で食べて、旅情ですな〜。でも、たどり着いてからおなかが空いたとか子供が言い出したり、閉め切った家に帰って来たら、油の臭いが残っていたり、いろいろ改善の余地はあろう。
 さて、今回の目的は現代建築巡り。東部湾岸地区のJAVA島とKNSM島に新しく開発された住宅地があり、斬新なデザインで面白いと、旅ブログで読んだので、行ってみようということになったのだ。そういえば、今回ブリュッセル滞在中の旅の参考書は圧倒的に雑誌『旅』だが、ドイツ時代は『Casa Brutus』だったのだ。当時は、現代建築とかよく見て回ったなあ。この間ユトレヒトに行ったときは『Casa Brutus』参考だったので、建築見学ツアーに参加したりした。でも、それは幸運な例外であって、2-3を残してバックナンバーは日本に置いて来てしまったので、参考にできないのだ。ああ、今あれが手元にあれば……と身もだえるがしょうがない。
 運河沿いに立ち並ぶ、新しい集合住宅。伝統的な運河沿いの家のスタイルを継いで、つながったファサードに、細く、縦に区切られた家。でも、大きく違うのは、どこも窓が大きく(1階部分は、全面ガラスのところも多い)。窓枠が華奢。軽快で新しい感じ。そして、どの家も、見られることを意識しているのか、まるで商店のようにディスプレイされている。カーテンも引いていないところが多い。窓の対面の壁全面が本棚になった家、子供服を収納しないで、壁に平たくコーディネイトした形でぶらさげてある家、観葉植物や、置物がスタイリッシュに置かれている家、階段を犬が上り下りしているのが見える家――あまりじろじろ見られない雰囲気はあったし、写真も撮らなかったが、ファッション誌やそれこそ『Casa Brutus』あたりに、このまま写したものが載っていても不思議がないような雰囲気だった。運河をまたぐ大橋も、支流の小さな橋も、それぞれデザインフル。

 ――だがしかし、写真で見るのよりもきれいに見えない? と思うのは、天気の悪く暗く、空も白いからだろう。実際、撮って来た写真とネット上の画像をくらべてみたが、圧倒的に色彩感が悪かった。残念。
 寒さは底を打ったとはいえ、まだ雪も、運河には氷も残る厳寒のアムステルダム。運河を通ってくる寒風に、なぜ、今、ここにいるのかと、あきれるを通り越して笑いがこみ上げてくる。雪の積もった遊び場で一人、スタイリッシュ遊具で遊ぶ子供。ここの写真も撮ってあるのだが、完全にモノクロームの世界になっていた。
 
 ここまでは、大人企画だったので、子供用企画で科学博物館に行った。どこに行ってもあるおおきなシャボン玉を作れる場所、光の三原色が学べる投光器(テレビの原理を説明してやったのに子供が途中で逃げたと夫は怒っていた)、雨水を浄化して飲み水にするプロセスを体験できるところ、太陽電池を利用した飛行機模型に、下から光を当てて動かせるところなどなど子供は楽しんでいた。
 もちろん、面白いのだが、夫や私にとっては、やっぱり、こういうのはドイツや日本には負けると思えた。なぜかをまじめに夫と議論?したのだが、やはり、過去からの蓄積を体系立てて、本物で見せる――という展示が少ないからだ、という結論に。つまり、ドイツや日本だと、かならずこれまで作られて来たものの展示、歴史的展示に多くを割かれているし、そこには、現物が展示されているが、ベルギーやオランダのは、模型にして体験することに重点が置かれている――という違いか。情緒的にいえば、過去の技術に対する敬意がない、ということ。蓄積/保管しようというのは、気持ちはもちろん、歴史的に科学技術が強い国ではないということでもあるかも。まあ、勝手な感想ですが。
 また、これはオランダならではだ! と思ったのは、人体のところで「Talk about sex」コーナーが設けられていたこと。まあもちろんそれは重要なことですが、デッサン用の人体模型を使って、体位の展示までしなくても良いのでは、舌の模型に手を入れて、握手でフレンチキスができるようにしてなくても良いのでは、まるで、熱海の秘宝館のようだ、と日本人は思ってしまったのであった。これは、街を歩いていても、普通にSex Shopが商店街にあるのと同じで、タブー視しないという国民性の現れであろうか……。

 さて、この建物は、海上にせり出していて、緑色のくじらみたいな形をしている。屋上がスロープになって、そこに、桟橋からダイレクトに上がれるようになっているのだが、天気が悪くて、この日は上れなかった。あとで、夫にこれはレンゾ・ピアノの設計なんだよ、と言われ、帰りのバスから真剣に見たが、どうもあまり冴えないように見えた。
が、戻って来て、ネットで画像を見ると、素敵な写真がたくさんあるので、天気がよければ、素敵に見えるのだと思う。私も写真撮れば良かったな。

 子供対策で、調べておいたミッフィーショップに出かけたが、住所のところにない。帰ってから調べて、移転していたことを知る。いや〜、確実に行きたいと思うところは、ガイドブックで見るだけでなくて、ちゃんとネットで最新情報を調べてから出かけないといけないなあ、とまた学ぶ。
 近くに明治屋があったので寄った。日本で働いていた会社のそばにあって毎日のように寄っていた店。赤い三つうろこのマークが遠くから見えただけで懐かしい気持ちになる。もちろん、ビールはキリン一番搾りだった(買わなかったけど)。海苔と、子供がなぜか欲しがったラムネを買う。ゆずの生しぼりがあって心惹かれたのだが、あまりに高くて買えなかった。夫は酸味に愛情がないし。寿司を中心に惣菜もある。日本の明治屋で買ってたような物はないね、と夫は言うが、私が明治屋で買っていたといえば、ベルギーのCote d'orのチョコ。それがここにあっても、まあ、嬉しくもなつかしくもないだろうなあ。明治屋製のジュースはなかったような気がする。かき氷シロップはありました。
 オランダに来たからには、のパンケーキを食べて、夫と子供はホテルに帰り、私は一人で散策。画廊風のショップや、手芸店、雑貨店などを流す。奈良美智さんの画集があったり、かもいのマスキングテープがあったり。

 夜ご飯のあと、雪が降って来ていてびっくりしつつ、アールデコ建築のホテル・アメリカンのカフェに寄る。高い天井に暗めの照明、図書館の閲覧机のような席もあり、とても雰囲気が良い。素敵空間なのだが、子供はとうぜん見向きもせずにプレイモービルで遊んでいた。
 夜のうちに雪は雨になったらしく、日曜の朝には、全部溶けてしまっていた。

 さて、オランダと言えば、独自の進化をしている自転車。自転車道がきちんと整備されていて、大量に走っている。書見台のような独特の前荷台のある無骨な自転車、その荷台にビールケースのようなプラスチックのかごを付けていたり、袋を乗せていたり。子供も乗せられるおおきな手押し車のような自転車、鮮やかな柄のバッグを後部荷台に付けていたり、サドルカバーにも鮮やかなものがある。なぜか、安っぽい造花をハンドルに巻き付けている人も多い。
 というわけで、日曜日。自転車を借りました。
 私は普通の自転車だけど、夫+娘チームは前に荷台の付いている手押し車的タイプ。朝はまだ小雨が降っていたのに、レンタルサイクル屋がガイドブックの地図の場所にはないのを、住所を頼りに探し出してしまい、なぜ、こんな天気に……と思いつつ、ひっこみがつかなくなってしまったのだった。この日は、古い市街地、伝統的な景色を見ながら自転車で走る。そして、エルミタージュ美術館の分館へ。
 3月から、マティス以降展が始まるのだが、今回は、ロシア皇室の財宝展みたいな感じで、うーん、失敗したか? と思っていたのだが、子供はお姫様の格好がたくさんあるので、興奮していた。私はこれが着たい、ピンクが絶対良い、などなど大騒ぎ。でも、よそのお子様も、そんな感じだったし、けっこう年配のカップルで「君にはこれがいいんじゃない」とか語っている人々もいた(これは英語だった)。

 美術館を出たら雨も上がり、アムステルダムを出る頃には快晴になっていた。最近、旅先の天気に恵まれないことが多いが、誰かこころがけが悪いのだろうか。

 自転車を借りたレンタサイクル屋
http://www.macbike.nl/html/index.html
 夫+娘チームが借りたのはこのBicycle typeのDです。

2010年1月14日木曜日

雪のこと




 去年、11月にいきなり雪が降ったり、年明けは-10℃以下なんて日が続いたりして驚いたけど、現地の人の「この冬は10年ぶりの寒さ、雪が積もることなんて滅多にないよ」という言葉を信じていたら、今年は、去年よりもよく雪が降る。聞けば、30年ぶりの寒波だというが……。
 さて、よそでもそうかもしれないが、うちの子供はとっても雪が好き。12月に降った雪のときは、まだ、そりを買う勇気がなくて、段ボールを持って近くの公園に行き、滑って遊んだ。周りにも、本格的なそりを持っている親子連れも多かったけど、市指定のゴミ袋で滑っている人たちもいる。
 かくいう私も、雪は好き。暑いのは嫌いだが、天気の悪いのはもっと嫌いなので、ヨーロッパの冬はあまり好きではないのだが、雪が降ると、ほんとうにブリューゲルの世界そのものになるので、見ても楽しいし、気持ちが嬉しくなってくる。家も共同住宅で雪かき等の義務もなく、出かけなければ行けない仕事もないし、やっぱり、この街では、私は長めの観光客気分なのかもしれない。

 年末年始は、そんなわけで、夫は子供のために雪遊びプランを設定したのだが、前にも書いたけど、見事に雪がない。なけなしの雪で遊びつつ、ずっと欲しかったそりまで買ってしまった。年が明けたところで、急激な寒波と低気圧(デイジーという名前だという。名前はかわいいのに)がやってきて、ブリュッセルも雪。溶けないでいるうちに、どんどんまた雪が降って積もって来た。
 ブリュッセルの人々は、自分の家の出入りするところくらいしか雪をかかないので、歩道にも、自転車道にも雪が残っている。そんなわけで、幼稚園のお迎えにもそりを使っていた。もちろん、下り斜面ばかりじゃないから、滑るわけではないけれど、ただ歩け、というと、面白くなくていやがったり、時間がかかったりするのも、そりがあると、疲れたら乗せて引けば良いし(まあ、こっちは疲れるんですけどね)。でも、そりの着雪面の金属が傷だらけになってしまって、夫には怒られました。

 先週末、まとまって雪が降ったので、日曜日の午前中に公園でさんざんそり遊びをした。天気予報は、ここから気温が上がるので、もう今年も最後だろうと思い……。が、水曜日、朝からけっこうな量の雪が降っている。子供は半日で帰ってきたし、夫も、こんなときに限って故障する車の修理がやっとあがるので、ピックをかねて早めに帰って来た。というわけで、夕方、また公園に。気温が上がってからの雪だからか、こっちにきて初めて見る「固まりやすい雪」。子供は雪だるまを作って遊ぶという。そして、やはり子供はヨーロッパ育ち。雪だるまは三段重ねなのだという。軽く驚く。そりだと、滑るのは楽しいが、斜面を登るのが面倒だから、もあるのかもしれない。
 しょうがない?ので、親が代わり番にそりで遊ぶ。林の中の道を滑るコースを発見して、カーブがきつくて、難しいのだが、私はそこが気に入った。夫は広く長いコースを何本も滑った。
 雪だるまが出来上がってから、子供もそりで遊んでいたのだが、見張ってろと言われていたのに、目を離した隙によその子に壊されて(途中で、気づいて止めたので、復元可能な程度ではあったが)、子供は大泣きになってしまい、大変だった。
 よその親子連れを見ても、マナーなのか、雪だるまは壊してから帰るところが多かったのだが……。感情移入しすぎて、雪だるまを置いて帰るのもいやとか言い出す始末。
 最後はとぼとぼとみんなでひきあげてきた。夫はせっかく楽しんでいたのに、尻すぼみでちょっとがっかりしていた。
 まあ、そういうの、なにも感じない子でも困るしね! 思えば、まだ赤ちゃんの頃に、『スノーマン』のDVDがいやで、どうしても見られなかったのだった。

 夜中に雨に変わっていたらしく、翌朝には雪はもうすっかりぐずぐずになってしまった。日中には久しぶりに青空が広がり、気温も上がって来た。都心に出て、戻ってくるときに、トラムから公園が見える。きのう遊んだ斜面もすっかりまだら模様になっている。これで今年の雪も終わりだろう。

2010年1月12日火曜日

お誕生会のことふたたび。

 娘が同級生のお誕生会の招待状をもらって来て、行きたいという。えー、この子、去年から同じクラスだけど、ちょっと大人っぽい男の子集団の一人。別に仲の良い子でもないじゃない? と思うが、本人は絶対行くという。

 最初は、親としては乗り気ではなかったのだが、案内を見ると、会場はサーカス学校のようなところらしい。ヨーロッパは、各国、サーカス学校という名称で、大道芸の教室がけっこうある。長期休みのスタージュや、水曜の午後等にコースがある。「なんか面白そう」と思ってしまい、現金に参加を決める。
 こういった「お誕生会ビジネス」はかなり盛ん。ちょっとしたおけいこ教室、公園のカフェなどでプランが企画されている。たとえば、遊戯場で、2時間とか3時間とか勝手に遊ばせてくれて、席を用意してもらってケーキカットができる、なんていうのがもっともポピュラーらしいけれど、これまで私が気づいたところだと――
「手芸店併設の教室でビーズアクセサリー作り」→小学校中学年とおぼしき女子8-10人くらいの集団が、そこで作ったネックレスを全員で身に付けて、近くのカフェに移動、ケーキを出してもらって歌って祝っているのを目撃。
「ミニSLの走っている公園でのプラン」→愛好家が走らせていて、週末、ちょっとしたお金を払って乗ることができる公園があるのだが、屋外にテーブルを出してもらってケーキカット→何度でも乗れる無料パスを首にかけてもらって(色紙の手作りっぽいものだけど、**ちゃんの誕生日パーティという文字や日付が入っている)みんなで並んで乗っているのを目撃。
「お誕生日ケーキをみんなで作るコース」→これは実際のシーンは目撃したことはないが、近くの製菓材料店でちょっとした教室のあるところも、年齢に応じて、飾り付けだけのコース(3歳から未就学だったか)、生地から造るコースなどなどのプランがオファーされていた。
 子供が水泳教室に通っているスポーツセンターだって、インストラクターがついて、プールで遊べるコースや、体育館でボール遊びが出来るコースなどなど、宣伝しているのを見る。
 もちろん、こんなきっかりスタッフが付くものばかりではなく、公園にあるカフェを借りて、ケーキカット等はそこでやって、あとは自由勝手に遊べるようにするのもあるし、そのケーキも、用意してもらうことも、持ち込むこともできる。
 
 ヨーロッパでは、お誕生日にはプレゼントをもらうのもさることながら、お誕生日の本人が人を招いてもてなすのが重要視されているらしく、夫の職場でも、現地職員さんは自分の誕生日にお母様のお手製だと言うケーキを持って来てふるまったりしている。そして、子供の誕生会では、自宅でのパーティも趣向を凝らして、その2時間や3時間をいかに楽しく過ごさせるかとても熱心にやってくれる。家の飾り付け(外側にも、風船等を飾り付けてあったり)にもここぞとばかりに力を入れる。基本的には、親は子供を置いて帰ってしまい、あとで迎えに行くのだが(招待状に、開始時刻のみならず、終了時刻も書いてある)、もちろん、関係性によって、一緒に参加するときもあるし、送迎のときに、大人にも、ちょっとしたお菓子や、シャンパンがふるまわれたりもする。

 さて、行くとなったからには、プレゼントを持って行かないと。五歳の男の子なんて何欲しがるかわからないよ~と言うと、娘はあっさり「ミニカーでいいんじゃない」それ、あなた、この前別の男の子の誕生会に招かれたときも同じこと言って買ったじゃん! そのときの子は、仲の良い子で、幼稚園に持って来た自分のミニカーを私にも見せびらかしてきたこともあるので、その時はそんなもんかと思ったけど、そんな毎回同じことで良いわけ? そして、実際買いに行くと、「やっぱり、レゴだった」という。ああ……そういえば、教室でレゴで遊んでる集団がいるね。レゴにするか。「うーん、でもやっぱり人間が付いていて遊べるのが良いんだよね」と紆余曲折を経つつ、結局、プレイモービルの道路工事セット。

 当日向かうと、小さめの体育館みたいな建物だった。二階にテーブルが出してあって、お誕生日の本人とご両親が迎えてくれる。名前を書いた表に、電話番号を教えてほしいと言われ、書き込む。子供の名前を書いたシールを服に貼ってくれて、こちらも、お誕生日プレゼントを渡して受付終了。去年のクラスの子も招待されていて、とくに仲が良いとか良くないとかそういう派閥は関係ないようだ。かなり大規模。うちの子供にとっては、知っている子ばかりなのでテンションが上がってくるし、親としても安心して、そのまま置いてくる。久しぶりに、子供のいない週末なので、夫と二人でお茶をしに行ったり(そして、子供がいるととれないチョコがけクレープを注文したりして)ゆっくり過ごす。
 そして、お迎えの時間。建物につくなり、子供たちの大声が聞こえてくる。外から、走り回っているうちのガキの姿が見える。受付をしていたテーブルには、袋菓子とみかん、瓶のりんごジュースが並んでいて、各自が自由にとれるようになっている。音楽がかかっていて、それにあわせて踊っている子供たちもいる。そこでうちのを捕獲して、ご両親に挨拶、作ったというお面や、プラスチックの赤いつけ鼻(ピエロみたいなものです)をもらって帰る。楽しく過ごしていたのだろう、しゃべる声が大きくなっている。
 いろいろやったことを聞き出す。紙に輪郭だけ印刷されたお面を色を塗って切って完成させた。3階に上がったら先生がいて、皿を回す、とか、台に上って、高いところにあるブランコに乗る、とかをやらせてくれた。ケーキはチョコレートだったので残した(ははは……)などなど。皿回しは全然出来るようにならなかったとのこと。そりゃまあ、そうだ。ブランコは出来たとか言っている。本当かな。

 ところで、こっちの学校は9月始まり6月終わりなのだが、なぜか、生徒は、1月生まれからで構成する。つまり、この男の子がクラスでは一番早い生まれ。不思議な気がするが、クラスは全員2004年生まれになるので、それはそれで合理的なのかも。

2010年1月8日金曜日

ドイツ年越しの旅のこと



 年末年始は、雪遊び目的でまた南ドイツに行って来た。バイエルンのRuhpoldingという街に長逗留したのだが、直前のブリュッセルは雪だったのに、急激な暖波が入って、連日10℃超えだという。宿の目の前に子供用の簡単なスキー場やそりで遊べる斜面があったのだが、草原と化していた。真ん中のスキーゾーンにだけ、意地で毎日人工降雪機で降らせていたが……。夫はがっかりしていたが、私も子供も、宿やカフェ等、気に入った場所ができて楽しい街だった。

 宿は3階建て+地下で階段にあった記念彫り?を見ると1968年にできたらしい。私たち夫婦と同じ歳と思うとまた親近感が。おばあさん(宿のできた年から推測すると、うちの親と同じ70代後半くらいというところか)が基本的に一人できりもりしていて、休みの日や夜は、息子なのか、50代くらいの男性がいる。泊まったのが最上階の屋根裏部屋のような天窓のある部屋。私はとても気に入ってしまい、将来はぜったい天窓のある家に住みたい! という気持ちがまた盛り上がる。ブリュッセルで見た物件で素敵な屋根裏部屋のある物件があったのだが、お風呂が浴槽がなくて断念したのだった――その後生活してみると、立地的にも今の家で大正解だったとは思うが。

 さて、宿にたどり着いた翌日は、私が頭痛、娘が喉+微熱と移動疲れが出てしまっていたので、部屋の掃除も断り、部屋でだらだらしたり、必要な子供のスキーズボンほか、買い物をしてゆっくり過ごすことにする。朝食時、主人のおばあさんが、私に3度も「良く寝られたか? 大丈夫か?」と聞くので、失礼ながら少々ぼけているんじゃないか? と思ったが、それだけひどい顔をしていたということかもしれない。いつもならコーヒーを飲むところを2日はミントティにして、3日目に「今日はコーヒーを」と頼んだら「あら! 元気になったのね!」と喜んでもらえた。でも、その日はそのままミントティが出て来たので、やっぱり……? 朝食には毎日おばあさんと同じ世代のおじいさんがやってきて、朝ご飯を食べて、おばあさんと、長々しゃべっている。年越しのときに、夜はどうしてたかとか話していたので、宿泊客なんだろうと思うが、常連っぽい。きっと、若い頃から毎年この宿で年越しをしていて、「お互い連れ合いも亡くしたけどねえ」なんて言いながら、今も来ているのではないか、と勝手に想像する。

 次の日、朝食で少し部屋を空けた間隙を縫って、お掃除が入っていた。とてもきっちり整頓されていて、びっくりする。こういうものはここに置く、というルールがあるらしく、枕元に置いた本はサイドテーブルに、パジャマは枕のしたに隠す、薬や食べ物がいろいろなところに置いてあるのは、一カ所にまとめる、床に置いておいたスーツケースはローテーブルの上、各人がそれぞれのベッドのそばで脱いだ靴は、まとめてそのローテーブルのしたの段、靴とか運んで来て空になっていた段ボールは衣装棚の上、マフラーや帽子、手袋等の小物は飾り棚の上――等等、神業のように片付けられてしまっていた。決して、私たちがもともと置いておいたところが尊重されたりはしない。感動して、翌日からは、そのお掃除おばさんルールに従ってきっちり整頓してみたのだが、やはり私がやることなので甘いらしく、朝食から戻ると、いろいろ「あ、これはこっちに移動してる!」があった。洗面台で干しておいたスプーンは水気をとって薬や食べ物の置かれた棚へ、同じく干しておいた湯たんぽはシャワースタンドへ。
 そのお掃除の神様は60代くらい、朝食のところのおばあさんより一回りくらい若い感じ。おばあさんはおっとりした上品なタイプだが、彼女は、テキパキしてエネルギッシュ、快活なタイプ。朝食時、台所でおばあさんとおしゃべりしている姿も良く見かけているので、私たちの姿を見ると、部屋に行って掃除してまた戻る――をやっているのだろうけれど、ほんとうに短時間でよくもここまで手が入れられるものだ、と思う。

 日中は、雪を求めて夫が車を出し、子供用斜面で、スノーチューブ(浮き輪状のものに乗って、リフトにつないで斜面を登り、カタパルト式に斜面を降りてくるそり)で遊んだり、1回は、ゴンドラに乗って山を超え、標高の高いところまで行ったりした。去年から、買うか買うまいか迷って、結局買わなかったそりを、ここまで来てついに購入してしまった。ドイツに住んでいた頃から憧れていた木製ので、折りたたみ式。
 午後の早い時間に引き上げて来て、気に入ったカフェに入るのが日課になってしまった。5泊だったのに、4回も行ってしまった。子供がそこのSandkuchen(フランスで言うカトルカールに近いものか? ちょっともそもそしたバターケーキ)がえらく気に入ってしまったのだ。あと、牛乳も。
 一日は、宿で無料券をもらった遊園地に行ってみたけれど、天気が悪くてわびしい感じが増していたこともあろうが、アスレチック公園と、ゴーカートや、ミニSLといった動くおもちゃ、ヤギを飼っていて餌を売っていたり、あと、園内に点々とある小さなコンクリート作りのきのこ型の小屋を覗くと、それぞれ、機械仕掛けの人形たちが「ヘンゼルとグレーテル」「白雪姫」などの寸劇をやる――という小田原城公園というか(どっちに対しても失礼な言い方だが)、子供だましっぽいところだった。もちろん娘は子供なのですっかりだまされて楽しんでいた。あまりに雪がなくてやることがなくて、ついうっかり来てしまったのか、同じ宿の若いカップルとばったり会ってしまったのだが、若い男女が来るところではない……。レストランの建物は新しいのかとてもきれいで、トイレがすごくゆったりしていてきれいなのが良かった。大晦日のイベントとして子供にクッキーを作らせたり、アイシングで飾らせたりしてくれていて、うちのも誘ってもらったが、けっきょくできなかった。最初に教えてくれる女性が誘ってくれたときは、まったく興味がなく、その後、面白そうなことに気づいて、近寄って行ったのだが、うちのよりは小さいと思われる(3-4歳か?)、女の子に、「あんたも一緒にやる? ここに入る?」みたいに大声で言われて、すごくびっくりして逃げ帰って来てしまった。ドイツ人は、ちいさくてもおせっかいおばちゃんの雰囲気がある。
 夕方から夜は、宿で、本(直前に届いた安野モヨコ氏の『くいいじ』を読んでいた。私も食い意地がはっているので共感できること多々。そういう目で、やはり持って行った堀江敏幸氏『河岸忘日抄』を読むと、意外と食べ物の話が多くて、それも面白かった)を読んだり、子供は、DVDプレイヤーを持って行っていたので、ビデオを見たり、テレビでやっているハイジを見たり、夫は数独やったり、『くいいじ』読んだり。数独、日本生まれだというけど、ヨーロッパの方が人気ある感じがする。新聞には必ず数独欄があるし、カフェや電車でやっている人をよく見る。私も挑戦してみたが、初級レベルしかできず残念。でも、はまる気持ちはわかりました。

 食事も宿に頼めば準備してもらえるので、街中が混雑しそうな大晦日だけお願いしておいたら、客は私たちだけで、そのおばあさんと息子、あとその時だけ見た、嫁さん?みたいな三人も別のテーブルにいて、自分たちも同じメニューを食べていた。あかりはろうそくと、クリスマスツリーの明かりだけで、暗めの食卓。クリスマスの飾りはそのままだけど、それに加えて子豚がクローバーをくわえたものや、煙突掃除夫の置物など、年越しのときの「幸運のシンボル」が置かれている。自分たちが食べるペースにあわせて、こっちにも料理を運んでくれたり、料理は、付け合わせのじゃがいものレシティなどは冷凍食品だろうし、贅沢な物ではなかったが、いかにも家庭的で美味しく楽しかった。デザートの「フルーツサラダにアイス添え」は、キウイとみかん、バナナを刻んだ物がパイナップルの缶詰であえてあって、ハート形のレープクーヘン(クリスマス時期に食べるスパイスの強いクッキーをチョコでコーティングしたもの)が乗せてある物だった。こんなのも、なんとなく、子供のときの家のごちそうを思い出させる。何を話しているか、盗み聞きで分かるほど私もドイツ語はできないけれど、楽しそうな会話が宿の家族からも聞こえてくる。

 大晦日の夜は、12時になるといっせいに花火をあげるので、宿のおばあさんも「きれいよ。部屋のバルコニーから見えると思うわよ」などと言っていたので、いわゆる大晦日特番(歌番組が多いですね、さすがに)を見ながら待っていた。子供も起きているというので、じゃあ、起きられるところまでがんばってみろ、と言ってみたが、22時半過ぎにあえなく撃沈。大人二人で寒いバルコニーに出てスキーもできる斜面に向けて打ち上げられる花火を見る。近所の教会も鐘を鳴らし始める。
 私も旅行も含め、ヨーロッパで年越しをしたのは、もう7-8回めになってしまったと思うけれど、これまで見たなかでいちばん派手な花火だった。

 元日に、この宿をあとにした。最後の日は、お掃除おばさんも朝食の手伝いをしていて、コーヒーを頼むと「もう胃の調子は良いの?」などとやっぱり聞かれたり。体調の悪いのを「胃」と言って来るのは、毎日、胃薬の瓶を見ているからなのだろうな、と思う。

 帰りは、シュタイフの博物館やローテンブルク、最後にまたボンと、回りながら帰って来た。この街を出るなり、大雪が降り、日頃の行いの悪さを思い知らされた上、夫は運転大変、ミュンヘンからそっちへ向かう道は大渋滞。ブリュッセルにも雪が積もっていて、暖房を切っていた家の寒かったこと。そして、さっそく幼稚園のお迎えにそりが活躍できました。