2009年12月24日木曜日

メリー・クリスマス!



※写真自体は先週金曜日の物です。

2009年12月17日木曜日

水泳教室のこと その2

 9月から通い始めた水泳教室の1クール目が終わった。

 途中から、脚のつかない深さのプールに移動して、もぐる練習をしたり、ふと気づくと、先生はプールサイドで見ているまま、飛び込まされていたり、ビート板なしで浮かされたりいて、見ている私がびっくりするくらいだったが、こっちではそうするものらしい。そして、ふと気づくと、うちの子は一番のみそっかすになっていた。すでに体力に性差があるのか、同じクラスは全員男の子で、彼らが勢いよくばた足して行っても、子供一人、力が弱いのか進まない。背泳ぎになると、姿勢が悪く、プールサイドの先生から、ジェスチャーで、天井を見ろ、と指示される。そのくせ、プールサイドでは、仲良くなった男の子とずっとくっちゃべっていて、先生の言うことを聞いてなくて怒られたりしている。いつも注意されてばかりいて、面白くなくなってしまうのではないかと気を回すと、まったくそんなことはなく、毎回楽しみにしているようだし、先生のことも大好き。鈍感なのか?


 昔はこういう子供ではなかった。

 保育園時代、3月の末に生まれた子供は、ずっとクラスで身体も一番小さく、やることなすことほかの子たちと差がついてしまっていた。保母の先生に、「いや~、なかなか気が強いです」と言われたことがある。確か、スキップのときと、かるたのときと例を挙げて説明されたと記憶があるが、最初は、まったくできないそうだ。もちろん、できる子もいて、そんな子にできないことを笑われても、怒るでもくやしがるでもなく、にこにこしていると言う。が、すっと輪に混ざらなくなり、あれ? やっぱり気にしてたのかな? と思うと、ある日、突然できるようになって、輪に戻ってくるという。確かに、スキップやかるたは、家でこっそり練習していた。それは気が強いというより、性格悪いんでは? と心配したものだ。いや、私にもそういうところがないわけではないので、しょうがないのですが。


 なので、実は、いつか水泳もできないことに気づくと、行かなくなってしまうのではないかと思っていたのだが、杞憂だったようだ。こっちにきて、自分だけできない、ということを気にしていたらやっていけないと気づいたのだろうか。

 ともあれ、最後、ひどい風邪を引いて3回たてつづけに休んでしまった以外は、楽しく通えた。


 さて、このクールが終わったあとはどうしようか。本当は、親としても送迎が大変なので、水曜日の午後、早い時間になにか習い事を入れたいとは思う。子供は、本当はダンスが習いたいという。彼女は、お姫様は王子様と踊るのが仕事なので、それを覚えないとお姫様になれないのだ、と主張しているのだ。しかし、ちゃんとしたバレエ教室はトラムで1本とはいえ距離があり、やっぱり毎週のこととなるとちゃんと送迎できる自信がない。プールのあるスポーツセンターにあるダンスコースを調べてみたけれど、それはクラシックバレエではないからか、6歳以上からとなっている。

 次のクールは3ヶ月。明けた4月からは、子供も日本人学校に通うことになる。そうすると、趣味や行動範囲、人間関係で、いろいろやりたいこと、できること、通える場所が変わってくるだろう。

 よし、新しいことを始めるならそのタイミング、次のクールはやっぱりまたここの水泳教室に通おう、と決めて、子供とも話す。


 コースの終わりに進級テストをするという。

 そんな子供なので、当然、進級できないだろうと思っていた。そして当日、他のコースの先生たちは、紙を手にして、なにかメモを取りながら見ているが、うちの先生はなにもしていない。クラスが5人(しかも、その日は一人休んでいた)なので、全部頭に入っているということかなあとも思う。

 が、次回の申し込みに行くと――継続申し込みなので、システムは前回と同じアナログながらも、余裕がある――次はグループ2ね、と事務に言われる。え? 進級できてたんですか? と思うが、聞く勇気も語学力もないのでそのまま更新して帰ってくる。もうあのクラスにも慣れて仲の良い子もいるから、一緒が良いかもしれないな、とも思う。


 そして、今期最終クラスの日が来た。

 その日は、水泳はまったくやらずに、ずっと遊び。ちょうど畳くらいの大きさの発泡スチロールの板を水に浮かべて、そこから飛び込ませたりした。上のクラスと合同でやっていて、そっちの先生がプールに入ってそっちがわを、うちの先生が、プールサイドがわを支えていたのだが、子供たちが喜んで板の上を走って飛び込み――とやっているうちに、先生が、わざと板を揺らして子供たちを落としたり、板に掴まって抵抗する子供をひっぺがしてぽんぽん水に放り込んだりとどんどん荒っぽくなっていって、子供たちの興奮もどんどん増して行く。

 一つ下のクラスは、その板の上に子供たちを乗せて、先生が、プールの中を引き回して歩いてやったり、もっと大きいクラスは、深い方のプールで、子供たちだけでその板に乗って、沖?に漕ぎだしたり、お互い突き落としたり、這い上ったり、ひっくり返したり、恐ろしい騒ぎだった。後半は、何本も滑り台をやった。

 子供たちが楽しそうな声が観覧席まで聞こえてくる。しかし、こんな荒っぽいことをされても喜べるなんて、水が怖くない、好きな子供たちになっているのだなあと感じられる。あるいは、先生に対して信頼があるのか。


 そして、最後にベルギー王立水泳協会のからとスポーツクラブからの二つの修了証が渡された。

 スポーツクラブの方は水色の上質紙にBrevet de Pingouin(ペンギンレベル修了証というくらいの意味か)とあり、

*ちゃんと沈むことができる、とか、

*水中の物を拾うことができる、とか、

*腕を後ろ向きに回すことができる

(背泳ぎの腕をやらされていたので、それか?)

*一人でうつぶせでも仰向けでも浮くことができる

 だったので、これなら合格している! と思えたことであった。

 王立水泳協会のほうは、イラスト入りのカラフルな物で、コミカルなひよこの絵が書いてあり、大きく「小ガモみたいに、私は水が怖くないよ! 終了!」というような意味のことが書いてある。王冠や紋章も描かれていてそれっぽい。黄色い織りネームのようなものがホチキスで添付してあって、それが肩章のような、修了証なのであろう。

 親としては、一つのことをやり遂げられた達成感がじわじわわいてくるのだが、子供はわかってないのか、淡々としている。


 ところで、手続きのアナログなことを前回も書いたが、最初には頭金しか払っておらず(といっても90ユーロ中40ユーロ)、あとで請求書払いみたいに言われてたけど、来ないなあ、と思っていたのだが、最後に近いある日、観覧席で座ってみていたら、事務の女性が、いきなり「あなたまだ、お金払ってないよね!」と隣に座って、最初に私が書いた申込書を見せて、「これ、あなたでしょう?」という。

 その日は、お金をたくさん持っていたので、「ここで現金で払います」と言って、払ってしまった。会員カードにお金払いましたスタンプを捺してもらって一件落着。が、しかし、お金を払っていない人を洗いだして、見た目で声をかけているのだろうか。と思うと、またもなんという非合理的な――という思いが募るのだった。

2009年12月16日水曜日

ドイツ物欲の旅のこと 後篇

 さて、次の目的地はエッセン。

 まずは、世界遺産になっているZollvereinへ。ここは、世界遺産といっても近代遺産。昔社会科で習って、耳障りが良いので覚えていた「ルール工業地帯」の炭坑あと。巨大な施設を一部現代美術館に使っていたり、また、炭坑あとの見学が出来たり。以前、見に来てスケールの大きさと、今は使われていないが、機械やトロッコ等の力強さに感動した――のだが、今回、あまりに下調べせずふらっと来てしまったので、ちゃんと見学できず、そとからぐるぐる回って見て、そのまま街の中心へ行く。
 この日は、日曜日だったので、普通の商店は閉まっている。クリスマス市を流して、屋台飯を食べる。ベジタリアン屋台のシャンピニオンのソテーがおいしかった。子供は、大好きなQuark (クヴァルク=ドイツのフレッシュチーズ)入りの生地で作った揚げドーナツに大喜び。このお菓子、主にカーニヴァルで食べるお祭りのお菓子。
 このエッセンのクリスマス市には、移動遊園施設がいくつか来ているので、子供は喜々として乗る。メリーゴーラウンドや、ブランコがひたすらぐるぐる回るのとか――私は確実に酔うのでぜったい乗らないのだが、夫は何回かつきあって、目を回していた。子供はどうして平気なんだろう。三半規管が未熟だからなのかな。ドイツのクリスマス市らしく、郵便局もブースを出していて、郵趣グッズや記念切手を販売していたり、記念印を捺してくれたりしていて、ついふらふらと近寄ってしまった。でも、もう喜ぶ父もいないので、見るだけにする。
 ここでもホットワイン(Gluewein)を。ドイツのクリスマス市のホットワインは、それぞれオリジナルのカップに入れてくれる。場所ごと、年ごとにイラストも違うし、年号も入っている。デポを払って、容器を返すときに返金してもらうシステムで、そんなわけで、逆に、もらって来てしまう人が多い。コレクションアイテムになっている。ドイツ時代にいくつか集めて、家で使っていたのだが、今回、ブリュッセルには持って来ていなくて、雑に使えるカップがなく不便を感じていた――と言い訳しつつ、ケルンのNeumarktで1個、ここエッセンでも1個もらってしまう。ケルンは、もちろん、ドームが描かれていて、また今年のNeumarktのテーマらしい天使も描かれている。ここエッセンでは、ハート形にZollvereinの描かれているのがあったので、それをもらってきた。

 このエッセンのクリスマス市の一角に「中世市」というコーナーがあった。そこは、店員さんもみんな中世風の格好をしていて、売っている物も古めかしい感じ。パンは薪窯で焼いているし、騎士のような格好も、木の短剣なんかも売っている。
 ヨーロッパの人たちにとって中世はある種のノスタルジーなイメージがあるのか、折々に、各地で中世祭りが開かれて、騎馬戦を見せたり、子供たちに火起こしや甲冑を着る等の体験をさせたりしている。騎士は男の子のあこがれなのか、おもちゃ屋さんでも書店でも騎士ものコーナーがあったりする。騎士のコスプレ?用品が売られていたり、短剣や盾も売られている。プレイモービルにも騎士のシリーズがあるし。日本でいう戦国時代の位置づけか、忍者ごっこやちゃんばらを男の子たちが好むようなものなのか。
 そこに手回しのハンドルでぐるぐる回してくれるブランコの遊具があり、うちのは大喜び。スピードも出るし、「もう一回!」と子供たちが叫ぶと、係の人(これも中世風衣装)が、応じて回してくれたり逆回ししてくれたりが、面白いらしい。旅の終わりに、一番気に入った物を子供に聞いたらこれを挙げていた。

 エッセンを出て、次に向かうはミュンスター。ここもおおきなクリスマス市がある。ホテルにチェックインしてまた市を流す。これまでもクリスマス市では、少しずつクリスマスオーナメントを買っていたので、今回は、ここでは必ず買う、と思い、集中して見てみた。去年は、ガラス細工のをいくつか買ったので、今年は錫の透かし彫りみたいになったもので、雪だるまに動物たちが群がっている形の物にする。夫も、木で透かし彫りにした中に明かりを入れた飾り(これはツリーではなくて、卓上の物)を一つ買う、というので、みんなで選ぶ。以前、本場のザイフェンという街で、ろうそくの力でくるくる回る飾りを買ったのだが、引っ越しの際、軸を曲げてしまい、回らなくなってしまったのだ。ここでもホットワインを買って、容器ももらってくる。

 夜ご飯に出かけた時、健康器具店?のショウウィンドウに、私が探していたショルダーウォーマーというのだろうか、肩部分だけあるアンゴラで出来ている羽織る形のシャツを発見。ドイツで一つだけ買って使っていて、また、このベルギーでも必要を感じていたので、探していたのだ。日本では使わないんだけどね〜。朝9時から開いているというので、翌朝、早起きして一人で買いに行った。こういう血圧計とか、脚気をしらべるためのハンマーとか健康下着、サポーターのたぐいを集めて売っている店、ドイツでは良く見つかるのだが、目立つようにショウウィンドウを工夫してあるということなのだろうか。ドイツは年寄り文化がちゃんと地位を得ているのかも(勝手な感想です)。

 さてさて。翌日はミュンスターでの目的地Westfahrenstoff。これは布地の会社。クラシックなプリントのしっかりしたコットン生地を多く作っている。最初の出会いは横浜の元町にあった布地屋さんだったかと思う。ボンでも、一軒おもちゃ屋さんでここの生地やハンカチ、子供服等を置いているところがあった。ヴァルドルフ人形作家のサイトで「洋服はWestfahrenstoffの物を使用」とわざわざ書かれていたのがあって、手作り好きには愛好家が多いのではないかと思う。
 出がけにホテルの駐車場から車を出そうとして、底を擦ってしまう。嫌な音がしたなあと思ったが、そのまま出発したら、どんどん音がひどくなって行く。なにか引きずっているような音。車を停めて夫が見てみると、底板が外れているという。どーするどーすると思うが、夫はとりあえず、Westfahrenstoffまでは行くと言う。ついたところで、アウトレットの売り場の女性に、この近くに自動車を修理してくれるところはないか尋ねると、なんと隣がそうだという。そのアウトレットには同じミュンスターにあるおもちゃ会社Spielbergのスペースもあって、子供の大好きなPrinzessin Lillifeeのキャラクターグッズがたくさんあって、子供もいきなりはまる。目の色の変わった私たちを置いて、夫は修理を頼みに行った。
 もちろん、棚にきちんとした量り売りの布もあるが、床に、それぞれ25ユーロ/kg、とか、1枚2ユーロとか、書かれた段ボールが置いてあって、布地がぎっしり詰まっている。もちろん、値段によって状態はまるで違って、切り方が斜めだったり、妙に細長かったりするのが入っている箱もある。
 夫が帰って来て、「30分でやってくれるって! 最初は、もう一人が飯に行ってるから、午後しかできないって言われたんだけど、遠くまで帰るから無理とか粘ったら、引き受けてくれた!」と喜んで言うけど、私も子供も真面目に聞いてない。「だから、ゆっくり見てていいからね……」と夫は寂しそう。えー、30分なんて、そんなわざわざ言うほどゆっくりじゃないじゃん! まあ、彼にはまったく興味のない世界ですからね。
 けっきょく、キロ25ユーロの箱から、割とちゃんとした形に切られているネルのオレンジと緑のチェックの布。これは湯たんぽのカバーを作ろうと思う。パッチワーク用なのか、45×45センチに切られた、これはかなり状態の良い布地の9枚セット。500g入ってて5ユーロ、と書かれた福袋(?)。夫は、いつも福袋の存在を馬鹿にしている私が、そんなものを買って、と驚く。家に帰って開けてみたら、ほんとうに、すごい端切れで、古い見本帳をばらしたのか、穴の開いているのとか、まっすぐに切られてない物が多い。でも、子供相手に遊ぶには面白い。そしてこの会社の創立の元となったテキスタイルデザイナーの作品集を買う。この本には、今も売られている布地も、彼女のデザイン画、レース編みの作品なども載っていてまさに私の好みの一冊。子供にも、カーニヴァルでどうせ使うことになるだろう、と、Lillifeeのバレリーナ衣装を買ってやる。

 無事、車の修理も終わって、帰途につく。昼ご飯を食べにオランダ国境近くの街に寄ったら、通りの名前や地名、さらに食べたパンケーキもオランダ風だったり、アーヘンで高速脇の郊外型スーパーでビールをケース買いしようと思ったら、東欧系移民向けばかりで、やっとドイツの大手チェーンが発見できたり、いろいろしながら帰って来た。

2009年12月10日木曜日

ドイツ物欲の旅のこと 前篇


 またまたドイツに行って来た。今回もクリスマス市(Weihnachtmarkt)も目的の一つだが、主目的は買い出し。

 ドイツって、ものが良くて安い気がして、行くとつい日用品も買ってしまう。歯ブラシなんかは、もうぜったいドイツで買う。オランダ/ベルギー地区のニュースを日本語で紹介してくれているサイトがあって、先日、EU圏内での物価比較の話題が出ていたのだが、同じIKEAの商品をくらべた場合、一番高いのはベルギーとのことだった(ちなみに一番安いのはフランスだそう)。ほら~。正当化された気になったけど、旅費がかかるわけだから、そこもひっくるめて元を取ろうと思ったら、歯ブラシ100本でも無理である。


 さてさて、そんなわけで、金曜日。今回は、子供の幼稚園のあと、夕方出発。また、まずはブリュッセルから特急一本で行かれるケルン。最近、スピードアップして、2時間かからずに行かれる! と宣伝しているが(といっても1時間57分なのだが)、当然のように20分遅れて、結局2時間ではたどり着かない。フランクフルトでの仕事を終えて、ケルンで待ち合わせしていた夫が、ホームまで迎えに来てくれて、子供は大喜び。「パパー!」と電車から飛びついて、ほかの客の感動を誘っていた(水曜の昼に別れたばかりなのですが)。

 ここのクリスマス市はドーム前と、古い市場あと、Neumarktと三カ所あって、どこも規模が大きい。屋台も、食べ物/クリスマス飾り/おもちゃ/手工芸品と各種たくさん出ている。毎年同じ場所に出すので、どこになにがあるか、なんとなく見当がつく。古い方の市場に面したホテルに荷物を置いて、近い屋台を流す。炭火焼き串豚肉を買って、三人でばりばりとかじる。ケルンのクリスマス市、この日はほんとうに人が多くて、子連れで歩くのが大変だった。去年も子連れでも来ているはずなのに、今年は特に混んでいるのか。こりゃだめだ、と引き上げおしゃれカフェっぽいところが空いていたので、そこで軽く食べる。


 翌日は、以前住んでいた街Bad Godesbergへ。

 夫は洗車に行ったので(彼は、未だに洗車もこのガソリンスタンドでしかしない)、子供と二人で、まずはMarkt(市場)。火木土と市が立って、主な買い出し先だった。懐かしい〜。ここでは、子供も食べるカレー粉を。昔から同じおじさん(というか、前は「おにーさん」だった)。辛くないカレー粉を指定するとぱっととってくれるので「そっちじゃなくて大袋で」と替えてもらう。ざっと流すと、ジビエ専門店のWild肉屋のオヤジも健在、当時は若かった息子が急激におっさんっぽくなっている。じゃがいも屋さんや、ほかにも何軒か知った顔もあるけど、思い出すのにいなくなってしまった人たちもいる。いつもDoppelnuss(Wナッツですね、クルミとヘーゼルナッツ)というパンを買っていたパン屋で、それも買いたくなるけど、旅の最初なので、ぐっと我慢して、ちょっとしたおやつっぽいパンを買う。子供はパンを一切れもらう。

 次は、BIOショップ。はちみつを買おうと思って来たのだが、WELEDAの商品がさすがに豊富なので、子供用の石けんと、身体が温まるというバスミルクのお試しサイズ。WELEDAの商品はブリュッセルだって買えるのだが、このお試しサイズの小瓶はないのだ。意味もなく、トマトペースト。子供のリクエストでもっと意味なくパスタ。

 書店に行って、小さい絵本でプレモのキャラクターを使ったのがあるので、それを子供に、親に毎年ここでカレンダーを買って送っていたので、今年も買う。以前はファミリープランナーを送っていたんだけど、もう一人暮らしになっちゃったので、ちょっと大きめに日付の升が切ってあるカレンダー。でも、イラストレーターは当時と同じHerme Heine。この店頭にベートーヴェン像があるのだが、サンタ帽をかぶらされ、この店の袋を持たされていた。

 次に大手チェーンのドラッグストア。例に寄って――の歯ブラシを買いつつ、子供に約束の湯たんぽを物色。去年私がブリュッセルで買って使っているのを、この間、風邪のときに、氷嚢にしたり、湯たんぽにしたりして子供に使わせたので、子供はずっと欲しがっていた。ブリュッセルとあまりに値段が違うので愕然とするが、ドイツ製なのでしょうがない。でも、とりあえずここは見送る。夫が合流して、ボディタオルを買う。

 別の薬局に寄って、そこでマウスのカバーのついた湯たんぽを子供に、もう一軒のBIOショップで、常備している胃腸に効くというハーブティを買う。暖かそうなアルパカ糸の靴下に惹かれるが、ぐっとこらえる。

 小さな広場に小さなクリスマス市が立っているので、そこで子供にメリーゴーラウンドに乗せて、この街を出る。


 ライン河を渡った反対側に、Koenigswinterという、アデナウアー首相の旧邸もある街がある。そこへは、橋がなくて、車も乗せられる渡しで渡る。河の上を風が通ってとても寒い。車に乗って待っていると、チケットきりのおじさんが来るので、お金を払って切ってもらう。

 Koenigswinterには、陶芸工房が一軒ある。絵は完全にドイツなのだが、湯のみの形、質感は和食器の雰囲気がある。そこの湯のみを使っているのだが、子供のはないので、それを買いにいった。ドイツに住んでいた最後に、なにか記念になる物を、と、この店で、表札を作ってもらったこともある。東京では使っていたが、今の部屋には必要ないので使っていない。子供には、柄は同じだが持ち手のついたカップにすることにした。その工房の面した道には、ここで作られたタイルがはめ込まれていて、子供と探し、踏んで遊びながら帰る。


 この街で昼ご飯を食べ、さらにWuppertalで織りリボンを作っている会社が、土曜日の午後だけ開けるので、そこに買い物に進む。

 以前、Bad Godesbergに、手作りの子供服を売っている店があって、当時は、子供もいなかったのだが、なにか惹かれて、店内に入ってみると、布地やボタン、リボンなど資材もたくさん売っていた。そこで出会ったのがここのリボン。連続模様のリボンも多いけど、モチーフごとに切り離してネームタグみたいにして使えるのもあり、モチーフも「ヘンゼルとグレーテル」や「星の金貨」など、メルヘンチックな物が多い。日本に帰ってから、プチグラパブリッシングさんが紹介していたので、ここの工房の存在を知ったのだった。

 途中、子供は寝てしまったので、路駐しながら、夫が待つという。一人で向かうと、れんが造りの古い建物、縦長の窓から織り機が並んでいるのが見える。今日は土曜日なので、機械は稼働していない。ドアは閉め切ってあるが、クリスマスリースが飾ってあって、押すと鍵はかかっていないので入ってみると、すぐの階段の上に向かって矢印が書いて貼ってある。天井の高さなのか、細長い窓のせいなのか、古くてぎしぎしいう木の床のせいか、なぜか学校を思わせる室内に、壁と窓に面した棚にちまちまとリボンが並べてある。部屋の中心に机があって、お菓子とコーヒーを並べて、常連?なのか、初老のご婦人方が歓談している。思ったより客が多くて、みんな目の色を変えてリボンを吟味している。男性連れも何人かいたのだが、意外に?協力的で、「こっちの色が良いんじゃない」なんてアドバイスしたり、高いところのリボンをとってくれたり。

 支払う段になって「どこにすんでいるの?」「今はブリュッセルですが、以前ボンに住んでいて……」と言いかけたところ、「ねえ、この人、ブリュッセルから来たんだって!」と中心のテーブルに向かって呼びかけられてしまい、「コーヒーを飲んで行け」「まずは座れ」と大騒ぎだった。が、「夫と娘が待ってますので……」と断ると、かわりに細かいものをおまけに入れてくれた。

 手芸の腕もないし、こんなものどうするんだという気にもなるが、織りリボンとか、チロリアンテープというものにめっぽう弱い。丸めて缶に詰めておいて、ときどき眺めるのも楽しい。宝石を眺める趣味よりは安上がりだと思って、許してもらおう(誰にか?)。

 ここWuppertalは、谷をまたぐ格好の橋脚を建て、レールを敷き、ぶら下げた形の電車Schwebebahnも有名で、この間、それには乗りに来た。変な揺れ方で、乗っても面白いし、走っている姿も、レトロフューチャーとでもいうべき魅力がある。この存在を知ったのは、これをモチーフにした切手が発行されたから。今回は、車なので、それはパス。残念だが、これは普通に公共交通機関なので、いつでも来さえすれば乗れる。


 さて、ケルンに帰って、今度は夫が買い物だ! という。靴屋で靴を、服屋で薄手のコートを買う。対抗上、私もブーツだ! と言ってみるが、私はふくらはぎが太く、足は幅が狭くて甲高と、靴を合わせにくい足なので、やっぱり買えず。子供にプレモのアドベントカレンダーを買う約束があって、おもちゃ屋を流すが、もう12月に入っているので、売り切れだと言う。ここに来る前に、夫は出張先のフランクフルトやエッセンで見て回ってくれたのだそうだが、そのときもなかったという。

 そもそも、旅行のたびに、何体かプレモを持って来るのだが、今回、用意までさせておいて、私が持って来るのを忘れて、子供にはめちゃくちゃ怒られた。私の海賊と男の子を予備に持ったのは忘れなかったので、それを貸してやっていたのだが、お怒りは解けず。旅の間中、そして帰ってからも「ままは忘れん坊だからな!」と言われ続けることに――というわけで、小さめのユニットを買って、もうそれは開けて遊ばせることにした。


 この日は、飲茶を食べて、よい気持ちでメインストリートを歩いて帰って来たら、なんと、土曜日なのに、22時まで店を開けているという! 往時は、土曜と言えば、午前中でほとんどの、大手デパートやチェーン店で16時閉店だったのに。隔世の感がある。大手書店が開いていたので、明かりに誘われる蛾のようにふらふらと入り込む。ドイツに来ると、リンドグレーンのDVDが豊富(フランス語圏では、ピッピだけになってしまう)。岩波書店の作品集に入っているくらいの物なら網羅されているくらい。2枚組のでロッタちゃんの多く入ったのがあったので、それを買う。


 こうして振り返ってみても、気が狂っているとしか思えない物欲の旅だが、まだ続く。



※画像はケルンドーム前のWeihnachtsmarkt


※※たまにはURLなど。ドイツ語ばっかですが。


 Koenigswinterの陶芸工房

 http://www.toepferei-dietz.de/


 織りリボンのKafka

 http://www.baenderei-kafka.de/


 WuppertalのSchwebebahn

 http://schwebebahn.com/

2009年12月3日木曜日

世界地理のこと

 先日、私が、子供にノンフィクション絵本が欲しい欲しい! と騒いだら、元勤務先の先輩と母親が、「こんなの良さそう」といろいろ言ってくれた。と、一番に挙げてくれた一冊が偶然一致。てづかあけみ氏『はじめてのせかいちずえほん』。本に関してうるさいことは確実で、趣味がまったく違うはずのこの二人が同時に勧めてくれるなら! と思い、母親に買って送ってもらった。

 勧めてくれた二人は「5歳にしてブリュッセルに暮らしている子供の頭の中では、地理はどう理解されているのか」に興味があったらしい。
 地続きでいくらでも「外国」に連れだされているので、経験だけはしているが、理解はしているのかどうか。むしろ「海外」と、違う国はすべて海の向こう側――だった子供のときの私のほうが、強く外国を意識していたように思う。父親が海外単身赴任が多かったので、遠くに別の国があるのだ――とはいつもいつも思っていたし。
 一方、あんなに時間をかけて苦労して帰る日本なのに、母が「おばあちゃんもプールにいきますよ」とメイルしてくれば、自分が通っている水泳教室で会える気になってしまう。手紙を書いて、ポストに入れよう、と家を出ると、実家のポストに直接入れる気になっていたりする。
 5歳とは、そういうものなのかもしれないが、記憶や知識、情報が、点と線でつながっていて、面になっていない。空間だけではなくて、時間もそう。今日と昨日、この間とずっと前――がごっちゃになっている。

 そんな彼女の頭の中では、「言葉」が国を分けるかなりおおきなポイントになっているらしい。ドイツは「なにかしてもらったら、merci!じゃなくて、Danke!と言わなきゃいけない国」という理解。もちろん「プレモを買ってもらえる国」という理解もあるが……。言葉ベースなので、ブリュッセルとフランスが別の国で、でも、「Dank U」と言わなきゃいけないフラマン語圏のベルギーは、ブリュッセルと同じ国、と、理解できているかどうか。
 子供が通っている幼稚園は公立だが、外国人が多い地域なので、メンバーが国際的。20人のクラスのうち、把握しているだけで日本人3、イギリス人2、ドイツ人3、ポーランド人1、イタリア人3、中国人1――生粋のベルギー人のほうが少数なのだ。このクラスでも、誰々は何国人――というのは、彼女なりに整理しているのだが、それもやはり言葉ベース。
「L**はフランス人だよね」「え? イタリア人でしょ?」「だってフランス語できるよ」なんて言っている。「じゃあ、パパはドイツ語できるけど、ドイツ人?」と聞くと、平然と「そうだよ」。そんなに国籍が単純だったら良いのにね。でも、大ゲルマン主義みたいに危険なこともあるかな。「私もフランス語が出来るようになったらフランス人だよね」「ベルギー人にはならないの?」「???」。ちょっと理解を超えたらしい。「あんどほーは『えいごけん』だよね」。うーん、アイルランドやカナダ、可能性がいろいろあるから、私たち夫婦はそういう言い方してるけど、「けん」ってなんだか判ってるのかな。それにフランス語が公用語のクラスでは「あんどほー」になってしまってるけど、ほんとうはAndrewなんだよ。
 公用語はフランス語――と言っても、子供たちの間では子供語で通じ合っているのだと思う。お互い、自分の母国語で押し切って、それでも会話が通じているときもあるし、その場では、フランス語でぺらぺらしゃべっているのに、あとで私が「何話してたの」と聞くと、再現できないこともある。言葉すら使っていないときもある。その年代にこの環境にぶちこめたことを良かったと思おう。もちろん、これでは身に付かないので、他言語習得にはならないだろうが、そこまでは望んでいない。

 そんな彼女なので『はじめてのせかいちずえほん』では、各国の言葉での「こんにちは」が書かれた「いろんなことばが あるんだね」のページが気に入っている。「JはBuenas tardesって言うんだよ」なんて言っている。じゃあ、今度はJにそう言ってあげなよ! と言ったりするが、おっとりしたJ君は、日本人グループに混ざって遊んでいるうちに、日本語を話してしまっているそうである。

2009年12月2日水曜日

聖ニコラのこと


 ヨーロッパでは、12月、子供には聖ニコラからとクリスマスと二回プレゼントがある。もちろん、「良い子」なら、だが。

 聖ニコラは、サンタクロースと同じ、良い子にプレゼントを持ってくる存在で、12月6日の朝に来る。ロバに乗ってやってくると言い、前夜、ロバ用ににんじんを、聖ニコラ用に飲み物を用意して、良い子は寝て待つと、朝、プレゼントがおいてあり、にんじんにはロバがかじったあとがあって、飲み物はなくなったりしている(もちろん、親がやる)のだそうだ。ベルギー名物の「スペキュロス」という香辛料の効いた薄いクッキーがあるが、それも、昔は、この時期だけの物だったそうで、聖ニコラの木型で抜いた物をこの季節はどこのお菓子屋さんでも売り出す。
 サンタクロースとちがうのはPère Fouettard(直訳すると鞭おじさん)という従者を連れて来ること。ちょっとトルコ風?の服を着て、顔が黒い。非キリスト教現代人の私から見ると、やや政治的に正しくないところがあるような気がするが……。ドイツではクランプスと呼ばれる、角のはえた、まさになまはげのような鬼だが、やはり、鞭で叩く存在は来る。これはほんとうに怖い物らしい。また、悪い子には、朝、プレゼントではなく鞭がおかれていたりするという。
 ドイツのときには、聖ニコラのプレゼントは、お菓子とかりんごとかで良いと聞いた気もするけど、こっちはおもちゃ屋さんとかも盛り上げる。ドイツ時代には、子育て世代とは交流していなかったので、もしかしたら、ドイツでもそうなのかもしれないが……。日曜日は、お店、基本お休みだけど、11月後半は開けるし、カタログを送って来たりする。幼稚園でも「聖ニコラに持って来てもらいたいもの」と称して、おもちゃの宣伝を切り抜いて貼った物を作ったりしている(これを買え、と言われているのだろうかとどきどき)。水泳教室で、男の子たちがプレイモービルのカタログを真剣に見て検討していた。こういうカタログに執着するのは男の子の特性だろうか? と微笑ましい。

 一方、クリスマスは、家族でプレゼント交換。幼稚園でも、家族向けのプレゼントを作ったりする。去年は、子供が紙でクリスマスツリーを作って来た。今年もなにやら作っているらしい。

 去年、プレゼントをどうするか――は夫は、「日本式に、クリスマスイヴにサンタクロースが来る、で良いんじゃない?」と言っていたのだが、ちょうど、会社の先輩から子供用にと本を送ってくれたので、それを聖ニコラからと渡してしまい、さらに、クリスマスイヴには、リクエストがあったキックボードをプレゼントしてしまったし、日本の実家から送られて来たクリスマスプレゼントも渡してしまった。今年も、その伝統に則って、聖ニコラには本をあげる予定なのだが、さて、クリスマスはどうするか……。

 幼稚園に、2日、聖ニコラとPère Fouettardがやってきた。朝ご飯を一緒に食べようと言うイベントがあるので、出かけて行く。エントランスで、担任の先生たちからパンやジュースを受け取り、聖ニコラにだっこしてもらって写真を撮ったりする。日本的に幼児がみんなで聖ニコラの歌を歌ったり――なんてイベントはない。聖ニコラの歌、練習してたんだが。
 ここのPère Fouettardはまったく怖くなく、子供には英字ビスケットをくれて頭をなでてくれた。でも、もちろん鞭は持って来ていて、園長先生を始め、教職員や、保護者は叩かれてはしゃいでいた。

追記:翌日、教室に行ってみたら、「聖ニコラが昨日持って来てくれた!」という新しいおもちゃがありました。算数セット的な教育おもちゃと、絵合わせパズルみたいなの。