2009年11月24日火曜日

医者通いの一週間のこと

 一家全員、インフルエンザ? で寝込んでいた。
 ? が付くのは、悪質な風邪かもしれないので。

 発端は、14日だった。日中、子供が機嫌が悪く、これは熱が上がるかもしれないなあ……と思っていたのだが、ちょうど、この日、私たち夫婦の体調不良で延期していた私の誕生日ディナーのリベンジマッチが予定されていた。けっきょく、そのディナーは決行され、もうブリュッセルに来てから一番美味しいレストラン! と思うほど満足したのだが、その夜、予想通り子供の熱が上がって行った。

 そして日曜日、ずっと子供はどんより寝ていて、熱も上がっていたけど、インフルエンザの可能性があるのに、解熱剤は危険なんじゃないか、と私が主張して、放っておいたら、翌月曜には、だいぶ下がって来た。交代で私は日曜午後からとにかく全身が痛くてつらく、あと、喉が痛くて咳が出て吐き気、でも、熱は37℃行ったり、下がったりというくらいで微熱。夫が喉痛と咳だけ、ということで、医者に行ってみた。予約診療が一般的なのだが、日本人相手の医者のうち片方は、月曜日午前に予約なしの診療の時間があるので、そこへ連れて行く。
 子供を最初に見せたら、医者も、風邪かインフルエンザかどっちかよくわからない。検査しろと言うならするけど……という。こっちの医者は、そこをはっきりさせることにはあまり熱意がない。治療法は、風邪だろうとインフルエンザだろうと一緒だから(対処療法しかないので)、検査することには意味がない、というのだ。でもいちおう、検査を頼む。次は私を見てもらったら、もうこれは明らかにインフルエンザ、肺まで来ている! リンパ腺も腫れている! と言われてしまう。熱が上がらないけど……と不思議がりつつ、咳止め吐き気止め、解熱鎮痛剤、タミフルなどなど出せるものは全部出してもらった。木曜に再診する予約をしてその日は帰る。夫はそこに至るまでの間の医者があまりに怖いと言って、診察してもらわなかった。そうかな? 私は判りやすい医者で、親切だと思うけれど。これまでの私の仕事周りで会って来た中年女性に多いタイプで慣れているのかもしれない。咳に関しては、私の咳止めを分けて飲ませて良いということで、診察料も二人分ですんだ。

 薬は、医薬分業が徹底しているせいか、私が勧めるこの薬を飲め、という感じではなく、自分では何をしているか聞かれ、飲んでいる薬、持っている薬を話して、じゃあ、それを飲め、とかそれじゃダメだから出しておこう、とか相談しながら処方箋を書く。
 といっても、私も普段からダメ人間な上に、体調が悪いので、薬の名前なんて、とっさに出てこない。
「子供も、喉の薬を持っています。えーっと、名前が名前が……とにかく、噛むタイプの錠剤で、イチゴ味で……」
「パッケージになにか動物の絵が付いていました」(これは夫の助太刀――?)
「くまだったかと思います」(これは私のぼけ。ほんとうは象で、くまは解熱剤でした)
「と、言われても種類もいろいろありますからねえ……」
「思い出しました、Medicaだったと思います!」
 というころには、もうちゃんと聞いてくれず、私の薬のときには、
「鎮痛剤は何を持ってますか? 日本から持って来てますか?」
「えーっとケロリンを」
「それは商品名ですね、成分はなんですか?」
「無水カフェインとか……」
「そういうんじゃなくてちゃんとした鎮痛解熱剤は持ってないですか?」
「持ってません」
「じゃあ、出しておきます」
 ――という会話をした。あとで、調べてみたらわが愛する?ケロリンも、ちゃんとアセチルサリチル酸が入ったちゃんとした薬であることが判り、ケロリンにたいして、ほんとうに申し訳ない気持ちになった。
そして、子供は、熱しか症状がなく、解熱剤は持っていたので、「じゃ、また熱が上がったら、今度は解熱剤を飲ませてください」で、まったく薬は出なかった。
 
 この日の、インフルエンザ劇症レースで、最下位は私。薬を飲んでも、なかなか落ち着かず、子供にDVDをあてがって、だらだらと寝ていた。途中、起きて様子を見に行き、「ちょっとつらいから休ませてね」「うん、寝てて寝てて! お昼ご飯は!?」と容赦のない言葉を浴びせられたりしていた。

 翌火曜日、夫の咳が悪化して来たので、今度は、交通が不便で、日本語の通じない医者、に夫が行くことにする。私もまだつらいし、子供も、咳がひどくなって来たこともあるし、一緒に連れて行ってもらう。と、そこで出た診断は「二人ともインフルエンザじゃない」だった。リンパ腺の腫れとかが、決め手らしい。うーん、月曜の医者の検査結果が判るのは水曜日。そこで真価が判明する。そろそろ、うちのホームドクターを絞り込みたいし、その結果を見て、かな? などと夫と話す。
 この夜、夫の熱が上がり、水曜から予定していた出張をキャンセルすることにした。今回もドイツ行きなので、金曜から私たちも合流し、またいろいろ買い物でもしよう! という楽しい企画だったのだが……。夫の記憶によると、去年、Bad Godesbergで2泊、夫と子供がお腹を壊して、ずっとホテルで寝ていたことがあったのだが、それはフランクフルトの同じシンポジウムに出た帰りだったので、まったく同じ時期だったろうとのこと。この日の日替わり最重症患者は夫か。

 しかし水曜には、子供もまた咳が悪化、熱も上がって、夫にべったり貼付いており、出張よりもつらい思いをしたのではないかと思う。この日には、私はだいぶ回復し、自転車で買い出しに出られるようになっていた。子供には、解熱剤と、月曜の医者で私に出た咳の薬を飲ませ、夜にそれに加えて前に処方されたことがあり、日本で飲んでいた薬と成分が一緒で安心している痰切りの薬を飲ませた。

 木曜日、私の再診に子供を連れて行く。8時の予約なのが、医者が遅れて(渋滞だったらしいが)、外で待たされた。私はもう卒業、子供は悪化。昨日から飲ませている痰切りをベースにして、抗生物質を加え、また熱が上がったら解熱剤、で行こうと話す。
 薬に加えて、子供は、キネジセラピーを受けることになった。デジタル大辞泉によると、キネジセラピー【kinesitherapy】運動療法。疾患の治療に運動を応用すること――とある。ヨーロッパではさかんな代替医療で、興味はあったのだが、医者の紹介がないと受けられないので、これまで私は手が出せなかった。これまで聞いたことのある体験談は、産前産後の体質改善目的で、整体? という理解だった。

 いざ、行ってみると。うちの子供の場合は施術者が、膝の上に乗せて、リズムを取りながら、胸郭を押して、わざと強く呼吸するようにして、わざわざ咳を出させるようにしていくものだった。ドイツ人が良くやっている、おうまごっことか、汽車ごっこに近い。医者がそこを紹介しつつ、「N(子供の名)。その先生は痛いこともしないし、怖くないからね」と子供に向かって、ちゃんと説明してくれつつ、私に向かっては「きっと怖がると思いますよ」と教えてくれたが(こういうところは、とても優しい医者だと思うが)、うちの子供は最初から、面白がって、ちっとも怖がらなかった。
 最後に、ストローをくれて、これを3本、水の入ったコップに入れ、息を吹き込む(なるべく長く)というのをやらせるように、とのこと。見たときは、なんというか――効果はあるのか? と思われた。まじない加持祈祷とあまり差がないように感じられたのだ(失礼ながら)。
 医者は、キネジセラピーに行くと、けっこう疲れるので、今晩は良く寝られると思う、と意地悪そうに笑って「家族みんな(傍点がふってある感じでゆっくり)、良く眠れるでしょう」と繰り返した。たしかに前日の夜は子供の咳がひどくて家族全員眠れなかったのだった。そんな話はとくにしなかったのだが。そして予告通り、帰ってくるなり夜ご飯前に寝てしまったが、一度起きて来て、ご飯を食べて薬を飲んだら、またがっくりと寝てしまった。翌日続けて行ったときには、呼吸音が良くなったと褒めてもらったし、格段に咳は軽くなって来ていた。

 ところで、インフルエンザの検査は陰性だったのだ。
 全員同じ症状なので、彼女がインフルエンザではないということは、私も違うのだろうか? それとも子供は検査で陰性になりやすいというから? でも、所見としても、インフルエンザとは彼女は言われないんだよなあ。医者の腕(?)もけっきょくよくわからず。まあ、診療時間が違ったり、交通の便などの便利さも違うので、この二カ所を併用して行けば良いんだよ、と夫とは話す。

 そうして、週末には、子供もだんだん小憎らしいことを言えるようになって来、確実に復活して来た。復活すると、ドイツに行かれなかったことがどんどん悔しくなってくるが、夫が、その時予定していた面談相手とまたアポをとったというので、その前後にまた行かれることであろう。

 月曜日にもう一度診せにこいと医者に言われていたので、嵐のような悪天候の中を子供と二人トラムと地下鉄と乗り継いで行った。地下鉄駅からは近いけど、マンション街だからか、風が強くて、子供が「飛ばされる~」などとはしゃぐ。が、建物についてみたら、しまっていて、外の呼び鈴のところに「Because of Health problem」で休むと英語で書いてあった。子供に、お前の風邪がうつったんだよ! と言いながら帰って来た。笑い話にする余裕が出て来たのも、体調が良くなって来たからだ。
 日本の医者はそんなことでは休まないよなあと感心したけど、夫は「それは都合により、といってごまかしてるだけじゃない?」という。そういえば、「うちのパン屋」も体調を崩したから休み、と書いて貼り出してあったことがあるけど、パン屋だって、日本ではそんな理由で休んでいるのを見たことはない。

 火曜から、子供は幼稚園復帰。長かった一週間が終わって、また日常生活が帰ってくる。

2009年11月5日木曜日

ブルゴーニュ旅行のこと






 11月1日は万聖節、ヨーロッパでは墓参りの日で、日本のお盆同様親戚が集まったりする重要な休日。マルシェの花屋も墓参り用の菊やアレンジメントで埋め尽くされる。子供の幼稚園も一週間休み――というわけでブルゴーニュの旅に出かけて来た。


 といっても最初はシメイ。まだベルギー国内。ここのビールは、初めて知った「ベルギービール」だと思う。大学生時代、世界には強くてちょっと変わったビールがあるんだよ――という出会いだったような。バブル時代だったのです。修道院への道が日本と同じ楓の仲間の並木道になっていて、まさに錦秋のおもむきだった。雨の中、修道院をちょっとだけ見て、併設のカフェに行く。お昼ご飯のあと、チーズフェスティバルをやっていて、外にテントが並んでいたので、見て回る。修道院ビールを使ったウォッシュや、ヤギのチーズがたくさんあって惹かれる

けれど、旅の始まりなので一つしか買わず(でも、一つは買ったということですね)。子供用にぬりえと色鉛筆が用意してあるので、そこで子供を遊ばせる。



 この日の宿泊地はランス。シャンパンの産地だと言うけれど、日曜日、しかも祝日、さらに嵐のような激しい風雨と、買い物歩きはできなかった。小さな教会の前に一台だけ設けられていたメリーゴーラウンドで子供を遊ばせて、大聖堂を見て、観光も終わり。大聖堂も、外は真っ暗だし、そもそもシャガールが好きではないので、有名なステンドグラスもじっくりとは見なかった。風雨がかなり強くて外観もちゃんとは見ず……。ただ、ガーゴイルが本来の用途を果たして水を勢いよく吐いているのを見られたのがとても面白かった。その後、家に帰ったら日本から送ってもらった本が届いていて、そのなかの深水黎一郎氏の『花窗玻璃』がランスが舞台だったので、もう少しちゃんと観光すれば良かったかな……という気にもなったが、あの嵐の雰囲気もまた、強烈な印象として記憶に残るのであろう(負け惜しみっぽいな)。


 次の日、ボーヌに向かう。こじんまりした建物が並ぶかわいい街。ちょうど、街についたときに雨が上がったせいか、街を歩いても楽しい。お昼ご飯もおいしい。ここでも小さな広場でメリーゴーラウンドが来ていたので、子供を遊ばせる。

 15世紀に建てられ、1970年代まで使われていたという慈善病院を見学。今は、博物館として公開している。一年に一度、ワインオークションが開かれているそうだ。ヨーロッパは格差社会だなあと思わせるのは、私にとっては、物乞いの人がいること以上に「施す人がいる」ことだけど、この「施し」はほんとうに豪奢。宗教もあるのだろうけれど、お金持ちの使い方ということをなんとなく考えてしまう。色瓦で幾何学模様が描かれた屋根がウィーンの聖ステファン寺院を思い出させたけれど、この辺りの地方の特色だそう。確かにその後も、もっと単純ではあるけれど、色瓦の屋根を見かけた。

 そのあとは、カーヴでワインの試飲。入り口で入場料を払って、テイスティング用のステンレスの皿と採点表をもらって地下のカーヴへ。ろうそくの光のみの暗闇に樽や瓶がならんでいる。テーブルとして置かれた樽の上に開栓された瓶が置かれているので、勝手に注いで飲む。捨てるための樽も用意されていて、ちゃんと口に含んでから吐き出している人も見たけれど、どうも格好よく出来ないので(気にすることでもないと思うが)、ちびちびなめて、残りを捨てて行く。二カ所で試飲。



 翌日は、産地へ。ムルソーとモンラッシェ。試飲しつつここではいくつか買った。ムルソーのシャトーには絵画が飾られていて、ビュッフェの絵がたくさんあった。酔いを醒ますのと、子供を遊ばせるために外を走り回ったりするが、ずっと小雨が降っていた。午前中に駆け足で回ってしまったので、またボーヌの街へ戻って、お昼ご飯。子供をメリーゴーラウンドに乗せたり、本屋さんに寄ったりして酔いを醒ます。

 次の目的地、ディジョンに行く途中、ロマネコンティの畑に寄ったのだが、道に迷ってくねくね行ったため、私はすっかり車酔いしてしまった。ワインの産地は、畑の中や山道を蛇行して走る道が多いこともあり、私はいつも車に酔ってしまう。しかし、今回はここでか……と思うと無念。夫が一人、買いに出かけた。が、どうしても勇気が出ず、やはりロマネコンティは買えなかったとのこと。


 ディジョンにたどり着いたときには、また天気が悪く、夕方真っ暗な中を街を歩く。これまでの小さな街と違い、大都会で驚く。建物も大きくなるし、ギャルリ・ラファイエットもある(ランスにもありました)。ここにもなんとまたメリーゴーラウンドが来ているので、子供を乗せる。ノートルダム寺院にあるという金運のふくろうを探すが、天気が悪く見つけ出せない。うちは金運はないのだ、と思うことにして、夜ご飯を食べてホテルへ戻る。


 けっきょく、金運のフクロウは、翌朝執念で探し出し、名産のマスタードも買った。一軒、ワインショップにも寄ったら、マダムがいろいろ勧めてくれて「この生産者は**と言って、ここにも登場するんですよ」と見せてくれたのが、コミック『神の雫』だった。フランスのワインを紹介したとして料理本の賞を受賞したと、フランス語の料理雑誌でも見たことがある。日本人としては嬉しいような恥ずかしいような、なんか複雑な気持ち。

 最終日はひたすら帰途。途中、ナンシーでお昼ご飯。ここも都会でおおきな建物が多いけれど、アールデコの金属装飾がきれいな私の好みの建物がたくさんでとても嬉しい。夫は名物のミラベルのタルトを食べようと思っていたのだが、またまた天気が悪いので、歩き回ることができない。お昼のあとは、また本屋を流しただけで帰る。


 天気が悪い悪いと思っているベルギーよりも、ブルゴーニュの方が天気が悪いね――などと言っていたはずが、国境を越えたら、この悪天候の旅のうちでも、もっともというくらいに激しい風雨に見舞われ、やはりベルギーの実力を見た思い。


 なんだか、子供が不機嫌だなあと思っていたら、発熱していたことに帰宅して気づく。今回は、彼女にとっては面白いことは(メリーゴーラウンドのはしごくらいしか)ない旅だった上、小雨の中を連れ回して、無理させたかとかわいそうな気持ちになる。この間開拓?した医者が開院時間を公開せず予約のみなので、そこに電話して、その日のうちに診てもらえた。のどの炎症からくる熱で、インフルエンザではないと思うと言われ一応安心。しばらく幼稚園も水泳教室も休みなうえ、天気も悪いのだから、ゆっくり過ごそう。


※どうも画像を入れるとフォント他の設定が動いてしまい、うまくいかない……。二番目の紅葉がシメイ、ラストの赤い放水栓のある写真がモンラッシェ。ほかはボーヌ。