2009年10月30日金曜日

かわいいのこと

 うちの子供は、父親が大好きでしょっちゅう「パパが好き、ママは嫌い」と言っている。理由を聞くと「遊んでくれないから」とか「ハグしてくれないから」とか。まー、確かに私は子供得意でないんで、生来子供好きの夫と違って少し距離を置いてる感は否めない。が、あるとき「かわいいって言ってくれないから」と言う。

 えー、言ってませんか? 「良い子とかえらいとか言うけど、かわいいって言わないじゃん!」。確かに記憶を辿ってみると、褒めるときは「良く出来た」「えらい」、彼女が気に入っている服を着て見せに来たときは「いいじゃない」「似合ってる」と言っているかも。「え~、それは良い子、とか、えらい、のほうが良いからじゃん」「違う! かわいいが一番良いの」。
 それは私も、かわいいものは好きだけど、自分を「かわいい」存在だとアピールするのははしたないことだったり、良くないことだと思うふしがある。小中高と公立育ちだったせいか、中学生時代に「ぶりっこ」ブームがあって、アンチな気分が育ったせいか、周りにもそういう人間が多かったと思う。そうだ、大学に入ったら、私の目から見ると「臆面もなく」ピンク大好き、リボン大好き、を公言し、自然に甘ったるいしゃべり方をする人たちがいて、ああこういう文化もあるものだなあ、と思ったものだった。
 子供も、もともと、親がそういうふうに育てていたからか、機関車が好きだったり、格好もズボンが好きだったり、男の子とばかり遊んだりしていたのだが、年頃なのか、ベルギーに来た頃あたりから、お姫様嗜好になって来た。服はピンク、ワンピース、フリルありが好き。しょっちゅう、まつげをばりばりにはやしてふりふりの服を着たお姫様の絵を描いている。靴にはちゃんとヒールまで描いて、「お姫様はこういうの履くの」と言っている。「ママはどうしてこういう靴履かないの?」「頭痛くなるから嫌いなんだよね~」。まあね~、私も若い頃はヒールのある靴履いてましたけど、最近とんと履かなくなりました。かろうじて手元に少し残してあるパンプスもフラットなものばかり。先日、冬用にブーツを買ってやったら「この靴は、かかとがぴっとなってるってことね、頭が痛くなる靴ね」と言ってうっとり履いている(ほんとうはフラットな靴です)。
 ドイツ製でPrincess Lillifeeというお姫様キャラがあって、いろいろグッズ展開しているのだが、先日、その売り場に連れて行ったら「C'est mignon! Regards Mamman!! C'est princess.....C'est rose....C'est petite.....」と鼻にかかった高い声でため息まじりにつぶやいている。幼稚園でも、そして他の国の子たちともこういうガールズな会話をしているのかとちょっと面白い。親が教えなくても、こうして「かわいいものは良い」を覚えて行くのか。私も、もう忘れてしまっただけで、5歳の頃は素直にそういうものを良しと受け入れていたのかも。

 先日は「私、大きくなったらお嫁さんになるの」と言い出し、また私を驚愕させた。「へー……、私、そんな夢持ったことないなあ」「ママは、お嫁のママになる、って思えば良いじゃん」。そんなことも夢見たことはありません。さてさて、この子はいつまでこのフェミニンなままなのか、これからも環境で変わって行くのかな。

2009年10月26日月曜日

フランダースの旅のこと


 このところ、二回続けてフランダース地方に出かけて来た。ベルギーはおおまかに北部のオランダ語圏のフランダース地方と、南部のフランス語圏ワロン地方とに分けられるが、言葉が違うだけでなく、平地の多いフランダース、山地のワロンと、景観もずいぶん違う。フランダース地方は、運河沿いに走る自転車道、れんが造りの建物のファサードの様子等、やっぱりオランダに似ている。細かいことを言うと、お店もオランダ資本が多いので、自転車(オランダのメーカーGiselleが多くなる)を始め、道行く人のファッションもオランダっぽい(と思う)。はっきりいうと体型も違う(と思う)。

 最初はビールとリネンの旅。そもそも、その前の週末にポルトガルに行こうという予定があり、タブッキを読んだり、夫は『供述によればペレイラは』に出て来る地名マッピングまでして気分をもりあげていたのだが、子供の風邪であえなく中止。本来出かけているはずの土曜日、がっかりした夫がさっさとその次の週末に1泊の予定を組んだ――というもの。その後、私と夫も続けて子供にうつされてお腹にくる風邪で倒れて、またも行かれないのかと思わされたが、なんとか週末までには体調を立て直して出かけたのだった。
 まずは、ビール。ヴェストフレテレンを作っている修道院Sint Sixtusへ。ここは醸造量も少なく、また、販売委託をせず、飲むためのカフェが修道院に併設されているのと、持ち帰りの瓶ケースを予約販売しているのみなので、これまで飲んだことがなかった。ブリュッセルで開かれたビールフェスティバルにもブースを出していたのだが、午後一で出かけたのに、すでに売り切れ。どんなビールかと気分も盛り上がる。近づくと畑ばかりになり、辻に立つ方向表示を見ながら進む。一度「修道院」と書かれた表示を見落とし、広大な畑を一周して戻った。平地なので、かなり先まで見晴らせるのだ。 修道院には、12時ちょうどくらいに着いたが、カフェにはもう人が入っていた。駐車場には、ベルギーナンバー以外にも、フランスナンバー、懐かしいボンのナンバーも。そしてビールはとても美味しかった。わざわざ来た甲斐がある。そして、これもここの名物だという鶏肉のゼラチン寄せが和風かと思わせるさっぱりした味でとても気に入った。近いし、また日帰りで来よう! 今度は、ちゃんと持ち帰りビールも予約しよう!(ネットで予約状況が確認できるが、1週間くらい先まではびっちり埋まっているのだった)と決心。でもカフェの食べ物が基本つまみで、子供の好きなものはないのが難点か……。ちょっとした公園が出来ていて子供を遊ばせられるので、そこと、広大なじゃがいも畑、芽キャベツ畑を散策して酔いを醒ます。
 次に、やはりビールの産地Watouに行く。ここでもカフェに寄ってビール。子供はホットミルク。ここのビールは軽くて美味しいけど、あまり印象に残る感じではなかった。また酔い覚ましに街を散策。赤っぽいれんが造りの長屋のような家が建ち並ぶ中に、コミカルな姿のビール醸造家の像があったりするのも楽しい。
 この日は、ポペリンゲというホップの名産地だった街に泊まった。街のインフォのマークも、道路に埋め込まれたマークもホップがモチーフ。ホップ博物館まであるので行ってみる。ホップの保管に使われていた建物だという。一歩はいるなり薬草臭いような。今年の品評結果が書かれた紙が貼られて、それぞれの畑ごとにホップが展示されている部屋があった。嗅いでみて、これが良い、と素人が思うようなものは点が良くないところがまた面白い。歴史や収穫道具の展示を見て帰る。夜もまた地元ビール。
 翌日はコルトライク。この街はリネンの産地として有名で、リネン博物館に行くのが目的だった。午後から開館なのだが、午前中の早い時間に着いてしまい、街を一周してしまってお茶までしたがお昼ご飯を食べるのにも早い。あまり期待していなかったペギン会院というものに行くことにする。
 十字軍時代に戦争未亡人の生活を守るために建てられた建物――と聞いていて、修道院だと思っていたのだが、実際には、宗教的な性格は弱く、女性や子供だけの生活を守るために塀で囲い、建物群を作っているところ。それぞれ居住空間は独立していて、長屋のような建物が中庭を中心に建てられている。回りの街が、れんが造りで赤っぽく見えるのに対し、塀の中では白く塗られた壁、濃い緑や藍色で塗られた窓のあるこじんまりとした建物が並ぶ。静謐な雰囲気を持った小さな街のようだった。今も実際に人が暮らしている。資料館として公開しているものもある(が、午後からなので、今回は見られず……)。中世の雰囲気の残る建物といっても、これまで見て来た鐘楼や教会、商館のように贅をこらしていたり大規模だったりするものとまた違うところが素敵な印象。
 フランダース地方には、13の「ペギン会院」があり、世界遺産に登録されている。これまで興味を持たなかったことを恥じ(ブルージュにもあるのだが、素通りしているのだ)、これから見に行こうと心に誓う。
 さて午後。14時の開館まで待ちきれず、早めに博物館へ行くと、前庭にカフェがあり、にぎわっている。そこで待つことにすると、店の前に寝そべっていた白黒の犬が、子供を見つけてテニスボールを持って近寄って来、「あそびましょう」と誘うので、子供は、すっかり捕まってしまった。その姿が見える一番外に近い席に座って大人はビールとコーヒー。ときどき、煙草を吸いに外に出る人がいる。犬も、子供と遊ぶのが物足りないので、そっちに近寄って「ボールをなげてください」と頼み、遊んでもらったりしている。見ているうちに、博物館の建物に出勤する人が見え、いざ、博物館へ。
 本館の方はやはりリネンの歴史やその生産の展示。人間はマネキン人形なのに、馬や犬、猫といった動物が剥製なのがやや違和感あり(夫に言うと、そりゃ人間が剥製だったらまずいだろうとのことだが……?)。繊維を叩く道具や、紡ぐ道具などなどの展示がおもしろい。堪能して出ようとすると、もう一軒違う建物で展示があると言われる。裏庭を抜けて、もう一つの建物へ。そっちはリネン製品の展示だった。レースやリネンクロス、刺繍等、細かい展示が一階にあり、二階は、産着から、下着おしゃれ着、趣味の刺繍、そして病院や老人ボームのパジャマ、経帷子――と人生のそれぞれのシーンでのリネンという展示。楽しみにして来た私はもちろん、子供もすっかりレースや刺繍、豪華な子供服に目を奪われて「私も欲しい!」と騒ぐ。意外にフェミニンな趣味を持つ子供。

 さて、次の週は日曜日にLierという街に行って来た。ここは運河に囲まれていて、ペギン会院もあるという、ガイドには「小ブルージュ」と表現されているような街。世界遺産の鐘楼や、からくり時計のある塔もあり、とてもかわいい雰囲気。お昼に着くように家を出て、正午のからくり時計を夫と子供は見て(たいしたことない! とがっかりして帰ってくるが)、お昼ご飯。その後、黄葉の始まった並木道をどんぐりを拾ったり走ったりしながら散策。運河の土手に出る。運河沿いにポプラや柳が植えられ、自転車道が走っていて、14時だというのに低いところに太陽も雲もあり、光が弱々しい。オランダやベルギーらしい風景。「旅情旅情!」と騒ぎつつ歩く。子供は土手を半分降りたり上ったりしてはしゃぐ。はしゃぎすぎて転び脚をくじいて泣く。ペギン会の白い街に入り、のんびり歩く。古い井戸があり、その名も「井戸通り」という路地や、ツタの絡まる壁に挟まれた路地、一階の窓に目隠しに下げられたカフェカーテンが白地に白で猫や、花、四季のアレゴリーの模様だったり。カーテンを通して明かりがもれてきていたり、人の気配を感じるところも楽しい。もちろん、アルベロベッロの民俗博物館で書かれていて、考えさせられたのだが、「世界遺産」として保存することと、街として活かしておくことの両立はとても難しのだと思うが……。最後にカフェに寄る。子供が、そばの運河沿いに置かれたブリキの羊と羊飼いの像が気に入って遊びに行くというので、見張れる位置の外席に座る。ミントティを飲んでくつろぐと、こんなゆっくりした時間も良いなあという気持ちになってくる。

 この日曜から、冬時間になった。日本とは8時間時差。どんどん冬が近づいてくる。

※初めて画像を載せてみたが……。両方ともLier 2009/10/25

2009年10月15日木曜日

偏愛する肉屋のこと

 最近なんだか、「ブリュッセルぐちぐち日記」と化してきているので、気を取り直して好きなものの話ということで、ときどき書いている「偏愛肉屋」の話を――で、いきなり肉屋の話! というのもなんだが、私らしいともいえよう。

 子供を通わせている幼稚園のそば(家からは遠いがわなので、距離にして1km強くらいか)に教会の広場を中心にした小さな商店街がある。パン屋2軒、薬局2軒、床屋1軒、美容院2軒、コインランドリー1軒、子供服店2軒(うち1軒は高級っぽいセレクトショップ。もう1軒は古着や婦人服ほかもある庶民的な店)、肉屋1軒、婦人下着店1軒、カフェ1軒、中華料理店1軒、旅行代理店1軒、移民系スーパー1軒、大手スーパー支店1軒(しかし、営業時間が短く、もともと荒物屋がフランチャイズした雰囲気がみえみえであまりスーパーっぽくない)婦人服1軒、ビオショップ1軒、駄菓子や文房具も置き、最近は簡単な郵便局機能もあるプレスショップ1軒、不動産1軒、銀行1軒、合鍵や靴の修理をやってくれる店、チョコレートのノイハウス1軒。
 水曜日には小さな市が立つし、少し離れて、暖房具や水回りのメンテナンス店とクリーニング屋、花屋、保険会社?があって、ここだけで、生活のほとんどはまかなえる。お年寄りがカフェでくつろいでいたり、学校帰りの子供連れが細々した買い物をして子供も駄菓子を買ってもらう――そんな古くからある住宅街の広場。
 
 さて、その一角にある肉屋が私の偏愛肉屋No.1である。店名としては店主の名前がついているようだし、呼び名としては、この広場の教会の名前で呼ばれることが多いのだろう、包装紙にもその名前が入っている。でも、うちでは「若旦那の店」と呼ばれている。
 下世話な趣味だと思うが、個人商店のお店の人の人間関係を推理するのが好き。普通の店だと、顔が似ているとか、お互いの話し方で推理するのだが、肉屋は、骨付き肉を切ってくれる人が、店主(あるいはその家族)であることが多い。この店では、ちょっと馬面で目鼻立ちがくっきりはっきり、口を大きく開けて白い歯を見せて笑う男性が店主であろうと見当をつけた。塊肉から切り出してもらう注文をすると、ほかの店員さんも「それはムッシューでないと」と言って担当を替わる。以前、夕方空いているときに店に入ったら、彼が一人でラムを解体していて、私に気づかず、しばらくしてから、はっと気づいて糸鋸を手にしたまま振り返り、急に笑顔を作ったときは映像的に怖いくらいだった。
 その笑顔の清々しさと回りを固める店員さんたちが年配なことがあって、我が家の呼び名として「若旦那」と呼ぶようにしてしまったのだ。
 肉がとても良いし、ソーセージ、ハムといった加工品も美味しい。肉の中ではラムがとても美味しいが、まあ、こういうほうがまっとうなのだとは思うけど、いつでもすべての肉がそろっているわけではない。ラムを解体した日は新鮮なラムがたくさん並んでいるし、牛肉の多い日もある。ラムはナヴァラン用という角切りの煮込み肉を買ってくることが最も多いが、ないときには、骨付きのバラ肉を煮込む。焼くときには、もも肉の輪切りにしたもの。一度、ちゃんとしたロースト用の肉を買ってみたいと思うのだが、私の中の肉の値段コード1kgあたり20ユーロ以下を超える値段なので、まだ買ったことはない。豚のあばらに薄く肉がついた部位もよく買う。これは甘辛醤油味でオーブン焼きにして食べる。
 市の立つ日など、順番を待つ列が店内で折り返すくらいにごった返すときもあるが、お揃いの紺のギンガムのシャツに紺のエプロンのユニフォームを着てきびきび働いている店員さんの姿を見ているのも楽しい。襟と、背中のプリーツの内側に紺無地の布が切り替えてあるのがとてもおしゃれ。背中のヨークと胸に店のロゴが刺繍で入っている。並んでいるうちに、他の人が頼んでいる言い方を聞いて、注文方法を学んだりもした。ちょっと通ったら、私の顔を覚えてくれて、すっと常連に対する顔になってくれたときのことも忘れられない。

2009年10月14日水曜日

アウェイで暮らすこと

 木曜日、健康診断に行ってきた。いつも、言葉が出来なくても、なんとかなるさでやってきてしまうはた迷惑な私だが、医者だけは日本語の通じる医者に行っている。その医者のやっている健康診断。医院での健診はすべて終わって、あとは、マンモグラフィのみ。紹介状を持って放射線科の専門医に。申し込み時にメイルで送られてきた「このフランス語の手紙を渡しさえすれば大丈夫」の手紙を持って。しかし、予約は入っていないと言われてしまう。私の名前でも医者の名前でも調べてもらったが、なし。予約用の大きなノートを開いて、1ヶ月近く先に、その医者で同じ時間帯の予約があるが……? と言われてしまう。うーん、しょうがないので、医者に電話する。「うそー!」と開口一番言われてしまうが、それは私も同じ気持ち。「でも、予約ノートも見たんです!」としつこく言う。とにかく、直接話してくれるというので、任せて一度電話を切る。折り返しかかってきて、翌朝の予約が取れたという。
 まー、この国で予約どおりにいかないとか、時間が守られないとかいちいち驚いたり腹立てたりしてたらやってけませんからね! と気を取り直して、放射線科の住所を見たときから決めていたレバノン料理の店でランチを食べて帰る。

 翌日、また紹介状を持って放射線科へ。もう顔を覚えられているので、にこやかに受付の女性も迎えてくれて、スムーズに進む。医者は英語だが、まあ、基本単語ばかりなので、大丈夫だろう。
 が、医者が「これを右手に持って」と渡したのは、バリウムでは? 「私、マンモグラフィを受けにきたんですけど」。医者が怪訝な顔をしながら紹介状を持ってくる。「ほら、ここに書いてある、これは胃/食道の検査なんだよね」と言われる。フランス語なので、わかっていなかったのだ。不覚を恥じつつも、「いやでも、先生にお願いしたのは、マンモグラフィなんですよ!」と言うと「うーん、じゃあ電話して聞いてみよう」。戻ってきて「いやいや、やっぱりマンモグラフィだって言ってたよ。渡す紙だけ間違えたんだよね〜」と笑って言う。そういうときに、笑って良いのか、怒った方が良いのか、会話コードが今ひとつよくわからない。つい「いえ、私もちゃんと紙を読んでなくてすみません」などと言ってしまう、が、相手の反応から、それはどうも相手の予期した返事ではなかったのだなあと察する。失敗したかなあ……と考えると、嫌な気持ちスイッチが入ってしまいそうなので、いやいや、ミスしたのは医者だ医者だ、そもそもここまでだって、問診票を送ってこなかったり、他にもミスはあったんだ、と思い直す。

 健診は簡単に終わったけど、なんとなく気持ちが疲れていて、そばにあったリフレクソロジーのサロンに入る。こんなのが突然あるなんて、東京みたい! 気分転換気分転換! と気持ちを盛り上げつつ。お金使わないと気分転換出来ないの? と心の中でささやく声がするが、そんな声にとらわれていると、また嫌な気持ちスイッチが入るので、考えないことにする。スタッフ全員が中国人のサロン。ついてくれた女性は、上海から来ているという。英語は得意じゃないというが、私もフランス語は出来ないので……と言って、英語で会話することにする。「この街は好きか?」と聞かれ、当たり障りのない会話コードで、つい「Yes」と答えてしまうが、「Why?」と聞かれ、とっさに理由が浮かばないことに愕然とする。いや、昨日今日とここまで来て、この街の良い理由なんて思いつかないよ! じゃあなぜ、最初に「Yes」とか言ってるのか? ぐるぐるしつつも、さらに当たり障りのない道で「街はきれいだし……食べ物はおいしいし……あ、でも、食べ物はきっと上海の方がおいしいよね?」「そう! フレンチだって、もちろん日本食だって美味しいレストランは上海の方が多いよ」。ここはうまく切り抜けた、と思うが、「働いているの?」「いや、夫が働いていて……」「あ、じゃあ、なんか学校に通ってる?」「いや……」「どうして? ブリュッセルはいい学校たくさんあるよ! 私、フランス語習っている。もっとフランス語がうまくなれば、もっと良い職が見つかると思うしね! なにか勉強しないの?」なーんて、重ねて聞かれてもなあ……。いえ、自堕落な主婦なんで、語学とか必要ないんです。向上心もないんです。と頭の中でつぶやく。嫌な気持ちスパイラルに入り込みそうになるのをマッサージに気持ちを向けてなんとか踏みとどまる。マッサージ自体はとても気持ちよかったです。
 受付で支払おうとすると会計の男性に「回数券があってとても得なんだ」と流暢に説明される。一回分ただとか、一番安いコースの値段で高いコースが受けられるとかとかとか……。いえ、それは必要ありません、なぜならば、ここは家のそばではなく、今日は偶然そばにきたので立ち寄っただけなので、何度も来られるとは思えないからです。と言うが、「でも、ブリュッセルにもう一軒、アントワープにも支店があるんだよ。もう一軒のサロンはとても素敵なサロン。それに、アントワープに旅行に行ったときに、ちょっと寄ってみようかな、なんて思うのも良いと思うよ!」いや、でもいりません。「期限もないんだから、ぜったい悪い話じゃないよ」。いえいりません。「ぜーーったい、損はしないから。330ユーロ、現金にする? カード?」。「今日は、今日の分だけ払います、それ以上は払いません」と言い放つ。「ぜったい得なのに」とぶつぶつつぶやかれつつも、やっと解放してもらえる。

 土曜日、未明から子供が喉とお腹の痛みを訴える。この日から旅行に出る予定があったのだがキャンセル。がっかりするけど、子供はつらそうだし、夫は金銭的損失大だし、私一人無傷といえよう。いつもの日本語の医者は、土日は休診、もう一人の日本語医も、予約の電話がつながらない。日本人診察経験のある医者リストから、近いところを探し、英語が通じるというところに予約を入れる。やはり日本人の多い地域の開業医だけあって、日本人患者が多く、私たちの前後も日本人だった。簡単な日本語を話してくれるし、薬の飲み方も日本語で書いてくれる。医者としては信頼できるし、これからこっちにしようか? と思うが、とても不便な場所なので、自動車がないと行かれない(ちなみにいつもの医者は地下鉄駅のすぐそば)。私が、あるいは私一人で子供を連れて……というのは難しい。「うちのパン屋」の近く(より遠い側だが)なんだから、気合いを入れれば、自転車で行ける! と言ってみるが、体調の悪い時、もしくは、体調の悪い子供を後ろに乗せてか? と反論される。

 こういうときに、私が今いるところは、ホームじゃなくてアウェイなんだなあとつくづく感じる。ホームだったら、頭を使わずできる会話もコードが違う。言葉が出来ない、車の運転が出来ない――ことで狭くなる可能性がホームより大きい。当たり前と言えば当たり前だが、ときどき、そういうことが重く感じられるときがある。

 その後、日曜夜から私が、月曜夜から夫が子供の風邪がうつってしまい、時差があって良かったとはいえ、とてもつらい思いをした。土曜一日でけろっと元気になった子供に処方された薬を勝手に飲み、火曜日の夕方、薬局に出て、やっと大人用の薬を買ってきた。私は胃に、夫と子供は腸に来て、それぞれつらいときはほんとうに劇症だったけど、意外にあっさりと抜けた。元気になってみると、現金なもので、気持ちも上向きになってくる。
 アウェイ暮らしだからこその気楽さをいつも享受している身がなにをいうか、大人は薬を常備しておけば、ある程度は乗り切れるし、ほんとうに困ったら、タクシーでも他人でも、どんどん使えば良いんだ! 困れば、いくらでも単語の羅列でも、身振りででも通じさせられるとかいつもは豪語しているじゃないか――という気持ちにすらなってきて、弱ってるときの私くらいの方が真人間ぽいかな。

2009年10月6日火曜日

編み物のこと

 編み物の季節がやってきた。
 編み物が好き――といっても、生来飽きっぽいし、こつこつまじめにやる性格ではないので、小物限定。マフラー、帽子、ミトンといったところ。まあ、私程度の腕前だと、手作り感が出まくっちゃうから、セーターとか編んでも着られないし……。この辺は、何度か作っているので、工程が頭に入っていて、本等見ずに、適当に始めて適当になんとかなるのがまた、ふまじめな私に合っている。東京にいるときは毎日忙しかったし、編み物からは離れていた。で、ベルギー生活。冬は寒い。天気も悪いから家にいがち。子供がいて「オカンアート」の受け皿もある!――というわけで、去年からまた編み物熱が再燃してしまった。

 去年は、ひたすら編んでいた。
 まずは子供にミトン。靴下用の毛足の長いピンク~オレンジの段染めグラデーションの糸を買う。最初はリハビリをかねて、なにも考えずにゴム編みで筒を編んで行く。が、こっちは針が金属製が主。重いから疲れるし、滑りやすくて目から抜け落ちる。また、糸が遊び毛が多く、ひじょうにいらいらしてしまう。出来上がったら、子供には不評(毛が抜けるから)。
 次に、竹製の編み針を探して買ってきて、私にミトン。また暗い紫~茶~明るいオレンジの段染めグラデーションの糸。これもまた、なにも考えずにゴム編みで編む。靴下用なので、化繊混で、固めに編んだので、目が詰んで、とても暖かいものになった。左右に差がないので、適当にぱっとはめられるところもお手軽。
 また子供にミトン。気分が乗ってきたので、編み込み模様でお花を作る。といっても、裏編みに下向き↓型に表編みを入れて、ポップコーン編みを乗せた簡単なもの。ちょっと濃いめのフクシャピンク。これはウール100%にしてみた。
 その↓型を見ていたら、これは顔になりそう? と思いつく。というわけで、私のミトンのあまり糸で子供にミトン。↓上端に一つ、その上両側に目のつもりでポップコーン。あとからかぎ針細編みで耳を付ける。くまミトン。
 子供が汚すから、なくすから、たくさん編まなきゃ! を大義名分に、またまた子供のパープルのミトン。表編みで編んでいって、クロスステッチの図案を参考に、ハートを裏編みで入れる。
 そして、自分用にベレー。好みど真ん中のオレンジ系アルパカツイード糸(ベージュや緑のネップが入っている)を買ったので、ネットにある基本のベレーの編み方を参考に、前に買っておいた模様編みの図案集から、ポップコーンと縄編みを組み合わせた模様を入れる。手が混んでいるので飽きなかったし、達成感もあるけど、うーん、せっかくツイード糸買ったんだから、もっとシンプルでも良かったのかも。
 春、アフガン編みなるものを知ったので、綿麻糸で私のショートマフラー。肩こり対策。
 ほか、余り糸で小さなパペットみたいなのもいくつか作った。それらは、今は、プレモに着せてトトロをやらせるための着ぐるみとされている。

 さて今年。
 去年作った子供ミトンのうち、ピンクのお花のは、汚しまくって洗っているうちに縮んでやせてしまい、パープルのは片方を子供がなくし、くまミトンは、両方を、たぶん、カーニバル見物のときに親がなくした。うーん、需要が発生するって良いなあ! 私なんか、ドイツ時代に編んだミトンが未だにはめられるよ。
 というわけで、今年もまずは子供ミトン。ハートをリクエストされたので、ピンクの糸を買って、去年のパープルの残り糸で編み込みでハートを入れてみたけど、裏に糸を渡すのが嫌で、編み込みを折り返しにしたら、うまくいかなかった。シーズン最初ということもあるのか、全体的にうまくいかない。「ごめん、またもう一個作るよ」「うん、今度のはうさぎにしてね」「うさぎ?」「去年はくまだったでしょう?」ははははは……。うさぎってどうやるんだ? でも、耳をどう工夫するかを考え始めて、これもまた楽しい。
 次は、私のものにしようと、靴下に手を出してみることにした。こっちでは靴下編みが盛んなのか、糸も豊富に売っている。でも、日本みたいに編み図にしないで、文字で「何目何段、何目何段……」と書いてあるだけなので、なかなか手を出せないでいたのだが、ネットで日本語で調べた。いろいろ宗派?がある。履き込み口から編む/つま先から編む/あとからかかとを付けるなどなど……。いろいろ見て履き込み口から編むタイプに挑戦。ちんぷんかんぷんながら、ともかくやってみよう! 糸は、ドイツのシュタイナー系の店で天然素材染めの変なカエル色のものが安くなっているのを買ったは良いけど、何にも使えず放置してあったもの。太いから、靴下というよりルームシューズか。足首部分を短くする。「信じよ、さらば救われる」と書かれているサイトがあったが、ともかく書かれている通りに編むと、かかとが立体的にできる! すごい! これは楽しい! はまる! 編みながら、サイトをいろいろ検索して、北欧のいかにもっぽい模様の入った編み図をいくつかダウンロード。ついでに手袋も。編み込みが複雑だと、面倒だけど、さすがにヨーロッパでも図にしてくれるので、わかりやすい。一度編んでみると、工程も頭に入っているので、やっと呪文のようだった編み方の説明がわかるようになる。次は、つま先から編むタイプに挑戦しようと決心する。

 いや〜、一度文字にしてみようと思っていたけど、こうしてみると、自分のはまり具合のばかばかしさがよくわかりますなあ。まだまだ今年も編みたい編み図がたくさんあるのだ。
 ネット+活字+編み物――肩が凝るのも当たり前か。でも、やめられないんだよな……。

2009年10月2日金曜日

どんぐりのこと

 子供はどうしてどんぐりが好きなんだろう。

 東京にいた時、保育園でもよく、園の回りのどんぐりを拾いに散歩に出ていて、たくさん持ち帰ってきていた。また、住んでいた建物の裏が雑木林になっていて、くぬぎが生えているらしく、大きくて丸いどんぐりがたくさん落ちてきていた。それを園に持って行くと、みんながうらやましがるらしく、拾っては、持って行っていた。どんぐりと見ると、常にない状態で集中する。その集中力を他に向けたら、良いのではないかと思うのだが……。
 日本を出る直前に買った『よつばと!8』にもどんぐりは登場するが、あれは日本の秋の風情なのだろうと思っていた。

 が、到着してみると、ブリュッセルには、大量にマロニエの実が落ちているのだった。そして、子供たちも熱心に拾い集めているのだった。この落ちていると、とりあえず拾ってしまう習性は万国共通なのだろうか。ビニール袋やかごを用意して拾い集めたり、座り込んで、お互いのマロニエを自慢し合ったりしている。子供もさっそく拾い「マロニエひろいびとになれるかもしれない!」とよつばの台詞を口走り、夫に「ならなくて良い!」と斬って捨てられていた。
 ボンに住んでいた頃も、みんな熱心にマロニエの実を拾い集めていたが、それには別の理由がある。グミで有名なお菓子のHaribo社の本社がボンにあるのだが、そこに持って行くと、グミと交換してくれるのだという。子連れの大人も、たとえていえば、銀杏探しのような真剣さで拾っていた。今、ネットで調べてみたけれど、このマロニエ集めは、毎年、日を決めたイベントとして実在していた。マロニエ10kgあるいはどんぐり5kgでグミ1kgと交換、一人最高50kgまでと上限まで設定されている。

 さて、今年も秋がやってきた。少し前から、風が強いので、青いうちのどんぐりが落ちていて、子供はさっそく拾ってきて机の中にしまい込んでいて、虫が出てきて驚いていた。どんぐりはちゃんと茶色くなって、乾燥しきってから吟味して拾う――を学んだのだった。でもそろそろ、樹上でちゃんと茶色くなってきたので、どんぐり探検の季節到来宣言を出した。
 マロニエ以外にも、ドイツの国樹で低額€硬貨の図案にもなっているDeutsche Eiche(フランス語ではChêne pédonculé)、紅葉のきれいなChêne rougeなど、どんぐりのなる樹は各種ある。また、ほんとうの栗が、よく植えてあって、落ちているのだが、食べるために植えているのだろうか? 八百屋等では、売っているので(まだあまり見ないが)、食べる習慣はあるのだと思う。だが、その割には、庭木として育てられているものの実は、あまり拾われていない気がするが……。ペットが野生化したのか、どこかから移住してきたのか、あざやかな緑のインコが、栗を好むのか、凶暴なくちばしでいがをこじあけて食べているのはよく見かける。これも子供は拾ってきたが、さすがに食べてみる勇気はない。そのうちに、買ってきて食べよう。

 どんぐりの季節が始まったからか、今週、今季初りすを見た。りすって、春から夏にかけては、まるで姿を見ないが、季節が良いから、樹の上で生活できて、降りてこないのだろうか? 冬場は、よく、地上を走っているのを見かけるのだが。

 はぜのような樹や、桜の樹も紅葉が始まってヨーロッパの秋。秋は私の一番好きな季節。でも、日本のような空高く――の秋の日はこっちでは貴重。真っ白に見える曇天がつづくようになる。夫はこれをオペラ『オセロ』のアリア「大理石のような空」とはこれを指すといい、見ると、曲が自動的に脳内に流れるようになってしまったが、こういう空は好きになれない。

追記:子供が、金曜日に、担任からのメッセージを持ち帰ったが、「今度の月曜日に、園の外に秋を探しにお散歩に出かけます」とある。これはいわゆる「どんぐり探検」というやつなのではないか!?

2009年10月1日木曜日

ノンフィクション絵本のこと

 子供が私のところに送られてきた漫画ばかり読んでいるので、夫が嫌がっている。まあねえ、『あずまんが大王』読んでる五歳児っていうのもね……。でも、私はこうして本を送ってもらえているけど、子供の本は、日本以来ほとんど増えてなくてかわいそうといえばかわいそう。ときどき、フランス語の本も買ってやるけど、そろそろ子供の年齢に合ったものと、私が読んでやれる子供も理解できる本とのレベルに差がついてきてしまっている。
 五歳の頃の私は、何を読んでいたか、つらつら考えてみると、今でこそ文学少女上がり(あるいは文学少女崩れ?)な振りをしている私だが、幼稚園から小学生にかけては、図鑑あるいは理系ノンフィクションばかり読んでいた。当時、父親が定期購読していた中央公論社の『自然』も毎月読んでいた。バイオ技術等、まだ科学が希望を持っていた時代だったのだろう。小学校の終わりには『NEWTON』も創刊した。高校時代、数学の壁に阻まれて以降の私を知る人には、驚かれるだろうけれど、将来は科学者になるのだと思っていた頃もあったのだ。

 よし! うちの子供に足りないのはその分野だ! と立ち上がるが、図鑑――ベルギーにいて、日本の図鑑を与えるのも違う気がするし、かといって、フランス語の図鑑では、将来や世界に思いを馳せる糧(大げさな表現だが)にはならない気がする。まずは無難にノンフィクション絵本あたりからか。
 書店で、そのコーナーを流す。『Bonne nuit!』という本があって子供に読んでやる。ご飯は何時、寝るのは何時――といった子供の夜の習慣から、夜はどうして出来るのか(地球の自転の説明)、動物たちの夜、夜働く人たち(空港など)などなどが描かれている。そして、最後は子供の朝の習慣――起きて顔を洗って、幼稚園に出かけるまで――で終わる。
 そうそう、こういうの、こういうので良いんですよ! 普遍性がありそうで、子供も漠然と判ってるけど、まだまだという感のある季節をテーマにした本を買う。ノンフィクションコーナーはやっぱり楽しいなあ。自分用に樹木の小図鑑も買ってしまった。
 そして、年長クラスになったら、クラスに本がたくさんあることもわかったので、もうフランス語の本を買うのはやめようと決める。

 さてじゃあ、日本の本をどう与えるか。
 以前、いただいた安野光雅氏の『はじめてであうすうがくのほん』シリーズをまた読ませてみる。送っていただいてすぐよりも、だいぶ成長して理解できるようになってきた。読物としても面白いので、もともと、子供も好きなのだが、絵を見ながら、勝手に自分で話を作ったりして、やはりこいつの頭は文系仕様なのだなあと思わされる。
 デュッセルドルフの日本語書店でも子供の本を見てみるが、やはり読物中心で、ノンフィクションは少ない。福音館のホームページに行ってみると、月刊誌を海外でも定期購読できるというので、申し込むことにする。『かがくのとも』と『おおきなポケット』で迷うが、雑誌色の強い『おおきなポケット』を申し込む。船便で、送料も安いのがありがたいが、まだこれは一回目も手元に届いていない。

 そのうち、そうだ、かこさとし氏なのでは!? と気づく。住まいとはなにか――を描いていて、とても好きだった本があったっけ。さらに調べてそれは『あなたのいえ わたしのいえ』であるとわかる。夫は、かこさとし氏は『たいふう』だ、という。その本にも記憶があるので、母親にメイルして、私の読んでいたそれらがあったら、送ってくれるように頼む。母親も元司書教諭なので、こういう話にはすぐ乗ってくる。私の記憶の中で『あなたのいえ わたしのいえ』とごっちゃになっていた『でんとうがつくまで』もあるという。が、確かにあるはずの『たいふう』と『かわ』はないという。まだまだ捜索は続けると言うが、そのあたりで発掘された『かがくのとも』をいったんまとめて送ってもらうことにした。

 こうして、もう日焼けして汚くなった『あなたのいえ わたしのいえ』『でんとうがつくまで』、のほか、安野光雅氏『かずくらべ』、絵が薮内正幸氏の『こうていぺんぎん』、『たべられるしょくぶつ』が届く。そうそう、『たべられるしょくぶつ』も大好きでよく読んだものだ、と思うけど、奥付を見ると、みんな1969年-70年刊行なので、これは兄のものだったのだろうか。40年も前のノンフィクション――と思うが、これらは根幹的なことを描いているので、意外に古びていない。発電の仕組みにしても、原子力もふくめたいろいろが示されている。もちろん、家の中にある「電気を使うもの」にはPCは出てこないわけだけれど、それは枝葉の部分だろう。
 子供はやはり、かこさとし氏の絵本にまず反応する。『たべられるしょくぶつ』『こうていぺんぎん』は絵がリアルだからか、あまり興味を示さない。
 また、小学校にはいる前にと、珍しく母親が、アンパンマンの文字と数字のドリルも入れている。ははははは、彼女も孫相手だと、ずいぶん軟化するものだ。