2009年9月2日水曜日

イタリア旅行のこと3 アグリツーリズモ

 水曜日、アルベロベッロの宿をチェックアウトして、赤い大地白い家、灼熱のプーリア州に別れを告げた。その日は、ほとんど、移動の一日だが、宿から海が近いので、午後、そこに行く予定にしていた。
 お昼ご飯を食べる場所を探して、高速を降りTermoliという海岸に出た。イタリアの海岸は、とにかく、みんな狂ったように海に向かっているので、路駐可能なところは、どんどん埋まってしまい、車を置くのが大変なのに、ここでは、偶然、かなり海の際に置くところがあったので、つい寄ってしまった。
 もちろん、海をみれば「入る入る」という小僧がいるので、はい行きましょう、ちゃんと水着も持って行きましょう。今回は、砂浜がきれいにある海で、海の家もあり、そこでパラソルとベンチを借りた。お昼でおなかが空いていたはずなのにはしゃぎ回る子供の相手をしばらくして、いったん引き上げて海の家でお昼。うちは簡単にサンドイッチを買ってしまったけれど、みんなサラダを頼んでいて、野菜の山盛りに、オリーブオイルと酢が添えられてきていて、うーん、とても美味しそう。一方、サンドイッチはヨーロッパらしからぬへなへなした食パンで、海の帰りに茅ヶ崎のサンドーレで買って食べる――の雰囲気(マイナーすぎるたとえ)。それはそれで和みました。ここで、やっとスイカを切ってもらって食べる、にありつけて、夫と子供はわしわし食べる。なんか、ほんとーに「海の家」だなあ。
 夫が目星をつけておいた宿のそばの海に移動するかどうか聞いたけど、子供はもう、ここで遊ぶ気満々なので、今日の海はここ、と決めた。

 午後、適当なところで上がって宿へ。今日はアグリツーリズモを予約してある。海岸線を離れ、工業地を抜けて、山へ上がってくると、田園風景が広がっている。昨日までのプーリアと違って、木が増えてきた。事前に夫がプリントしてきたミシュランの地図――といっても、畑に道が走っている、目印なんてないものを見ながら、宿の建物にたどりつく。が、イタリア語しか判らないレストランの手伝いの人のみ、宿のマダムはいないという。電話で呼んでくれるというのを待ってみるが、まったく来ない。ずいぶん待って、また電話がかかってきた。なんのことはない、大きな敷地内にふたつ建物があって、私たちのたどり着いた方は長期滞在用のアパートホテル、予約されていたのはもう一つのホテルで、マダムはずっとそっちで待っていたらしい。それがやっと判ったので、レストランの女性が自分の車で案内してくれてホテルへ。ところが、そっちにもマダムはいない。場所の誤解が判って、彼女は彼女で迎えに出てしまったのだ。車ですれ違わなかったから別のルートがあるのだろう。ほんとうに広い敷地だった。翌朝判ったことだが、オーナーの家もまた、別の離れたところにあった。
 果樹がぽつぽつと植えられた庭に出てぼーっとしていると、眼に見えるのは、広がる斜面にぶどう畑と、牧草地。イトトンボが飛んでいたり、のどかな風景だ。
 この宿には、大きな犬が白いのと、シェパードと二匹、さらに、小さいのがいた。この小さいのを子供が珍しく気に入って、ずっとあとを追いかけ回していた。子供の頃、家で飼っていた雑種に似ていて懐かしく見ていると、かなへびを捕まえて食べしまった。それに気づいた子供が「こっちこっち」「かなへびだよ〜」と声や足音を立てて逃がしてしまったり、しっぽを引っ張ったりして、けっこう良い迷惑だったようだが、宿の犬で人慣れしているらしく、適当にあしらわれていた。
 夜は、麓の街に降りて、魚介をわしわしと食べた。海辺に公園が作ってあって、21時すぎ、暗くなってから子供が出てきて遊んでいて、うちのも一緒に遊んでいた。ここまでの街でも、夜にどこからか?と思うくらい大量に湧いて出てきて遊んでいるのを見た。たしかに日が落ちないと暑いものなあ。

 木曜日はアッシジに行った。この日も暑く、観光地で人が多かったので疲れきってしまった。でも、このフランチェスコ教会は、この旅初のステンドグラスのある教会で、子供は喜んだ。この夏あたりから、ステンドグラスのきれいさに目覚めたのだけど、この旅では、ここまで、ずっとビザンチンとかモザイクとかそんなのばかりで怒っていたのだ。続いてサンジミニャーノ。母親が、前に行ったことがあって、感動したと聞いていたのだが、とにかく暑い。子供も歩かなくなってくるし、移動が多くて、三人、無口になる。早々にひきあげてきた。

 この日の宿は、また、郊外にアグリツーリズモを予約してあった。またも、敷地の中に入ってからが長い。糸杉がたくさん生えている絵に描いたような田園風景。
 宿にプールがあったので、子供を遊ばせていたら、プールサイドでくつろいでいた大人がつぎつぎ帰って行ってしまったので、とても申し訳ない気持ちになった――一応、日が当たらなくなる時間帯に入ってきたため、もあると思うけれど――が、その後、子供と同じくらいの歳の女の子と、2歳くらいの男の子を連れた一家がやってきて、うちよりも大騒ぎになった。女の子は、ぼんぼんとプールサイドから投げ入れられて、はしゃいでいる。
 歓声を聞いてみると、フランス語なので、子供に「フランス語だから、話が出来るよ!」と教える。その女の子とは、気が合うことがわかり、プールから上がったあとも、庭で一緒に遊んでいた。
 
 夜ご飯を宿で食べることにしていたら、席がその一家と隣り合わせ。そちらの母親が「フランス語が出来るのですか?」と聞いてきたので、「ブリュッセルに住んでいるのです」と答えると、「あら、私たちもベルギー人なのよ!」。このあたりで、もうフランス語ではついて行けなくなり、父親に英語で訳してもらいつつ、会話を続けた。
 彼女はイタリア人(といっても、住んでいる場所から夫の推理では、戦後間もなく移住してきた人の二世とか三世とかではないかとのこと)、 ご主人はフランス語系ベルギー人で結婚前までは、今、私たちの住んでいる区に住んでいたと言う。世界は(ヨーロッパは?)狭い。
 子供たちは早々に食べ終わってしまい、飽きるとうるさいからと、母親が、さっとDVDプレイヤーを出してきて、うちのも一緒にディズニーアニメを見ていた。子供がいると必須だよ、と彼らは言う。大人たちはのんびり酒(デザートに甘いワインが出た)を飲んだりできたのでまたそれも良し。

 ご飯後、外に出てみたら、まさに「満天の星」で、天の川も見えた。星座がくっきり、蠍座のアンタレスがちゃんと赤く見えるくらいで、興奮してあれこれ星座を探す。もうだいぶ忘れただろうと思っていたけど、カシオペアや、北斗七星もわかって楽しかった。文字にすると、レベルが低いけれど……。高校時代、私と夫は地学部というものに入っていた。名前はそんなだけど、星の観測会がメジャーな活動(私はそれにしか行かなかった。美術部と掛け持ちでもあったし)だったのだ。高校二年のときに合宿もあったのだが、尾根の反対側に日航機が堕ちて、毎年報道されるたびに「ああ、あの合宿から**年経ったのだなあ」と思い出す。

 翌朝も快晴、おいしい朝ご飯を食べ過ぎる。何種類か出してくれたジャム、英語で説明してくれたのだけど、一つ、聞き落としたものが美味しく、「なんだろう?メロン?」「ちょっと栗っぽさもあるよね」などと話していたら、カボチャのジャムだった。日本の感覚より少し若いのか、瓜っぽい風味もあるジャムだった。
 この宿にもたくさんかなへびがいて、子供が「かなへびたんけん!」と騒いで追いかける。どれもこれも脚が速くて捕まりやしない。夫がやっと一匹捕まえたが、あろうことかしっぽをつまんだので、しっぽを切って逃げてしまった。でも、子供が「かなへびはしっぽをきる」を学べたのでまあ良かったのかも。

 チェックアウトのときに、夜ご飯で飲んだ自家製ワインも買って、この宿は出た。昼ご飯をモデナで食べて、イタリアもおしまい。一路ドイツへ向かう。ドイツでは夫が最初に留学した街、Murnauに泊まる。この日は渋滞もあって時間がかかり、やっと19時くらいに宿に着いた。この街は、夫が土地勘があるので、何度か来ている。宿自体、もう三度目か四度目になると思うホテル。夜ご飯も宿のレストランで。久しぶりに、ドイツのWeizenbierをがぶがぶと飲む。慣れた街で、メイン通りに出てアイスなんかかってぶらぶらしたりして無事帰ってきた、という気持ちになるけれど、まだ旅は続く。

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