2009年8月28日金曜日

8月28日のこと

今日8月28日は、ブリュッセルに着いて、丸一年が経った日。
特にお祝いもしないが、ここに記しておこう。

イタリア旅行のこと2 海と白い街

 今回のプーリア旅行は、雑誌『旅』のプーリア特集号を参考にした旅行。これは確か、去年日本を発つときに、丸の内OAZOの丸善だったか神楽坂の文悠で私が『よつばと!』8を買ったときだったか、どちらにしても出発前夜に買ったものだったと思う。一年熟成させて、満を持して旅立ったのだ(おおげさだけど)。イタリアもプーリア州まで行くと、景色が、これまで見たヨーロッパ各地とはちょっと変わっていた。高山で森林限界という言葉があるけれど、暑くて、乾燥してなのか、樹がちゃんと生えられない感じ。オリーブの木が、小さく細々と生えている。全体的に赤茶けた土地。でも、果物は名産だそうだ。過酷な土地くらいの方が、果物は良いのかもしれない。自他ともに認める暑さが苦手な私が、なぜ、涼しいブリュッセルを出て、こんなところにいるのか、と疑問に感じるくらい、連日35℃超、一日は40度を超えていた。乾燥も強く「灼熱」という言葉を実感できた。

 そんなちょっと変わった景色の中、トゥルッリという石造りのとんがり屋根の建物が並ぶアルベロベッロという街に三泊して、いろいろなところを回ってきた。この街は池田あきこ氏『ダヤンのスケッチ紀行 イタリアへ行こう』で初めて知った不思議な街。宿も、トゥルッリを予約した。なかは普通の家みたいな感じで、とんがり屋根部分にロフトを作って、そこにもベッドを置いてある、2ベッドルーム。子供は、ハイジの屋根裏部屋! と気に入って、ちょっと登りにくいはしごを何度も上り下りしたり。台所もあって、鍋釜、食器も借りられたけど、外に安くてうまい店がたくさんあるので、けっきょく、一回も料理なんかしなかった。

 今回の旅は、食い倒れ飲み倒れももちろんだけど、子供を海に連れて行くのも目的。オートラントという海岸の街に行ったときは、お昼ご飯が目的だったので、水着を持って行かなかったのが、海を見せたら、当然入りたがり、また、ちょうど岩でかこった水たまりがあって、小さい子供がたくさん遊んでいたので、水につけてしまった。パンツいっちょで遊ばせたけれど、結局、そんな配慮もむなしく全身びしょぬれになってしまったので、引き上げて、お昼ご飯前に、店に飛び込んで水着を買う。選択肢がなく、ピンクのひもビキニ。もろ三角形! その後、いろいろ観察してみると、イタリアの海はどんな体型でもビキニが基本。しかも布面積かなり狭い。私の、子供をプールに連れて行くためにスポーツショップで買った黒のワンピース(しかもアディダスロゴ入り)は完全にドレスコードを間違えていた。
 さて、お昼ご飯は三人でパスタ各1(これも雑誌に出ていた店)。ところで、私もパスタを頼んだつもりだったが、来たものは古代米とじゃがいもを重ねてセルクルで抜いて、魚介のトマトラグーをかけたもの。とても美味しく、この旅一番の味だった。なのだが、私が頼んだものはリコッタとか、ズッキーニソースとか書いてあったから、きっと間違えている。その後、メニューも写真に撮ってきたのだが、この料理の名前は判らなかった……。幻のメニュー。お店のおじさんがぐちゃぐちゃ混ぜて食べろ!と言う。混ぜて食べてみるが、途中で見に来て「それはもっとぐちゃぐちゃに!」と言っていた。
 この街は、床にモザイクのある大聖堂があるのだが、昼休みで入れなかった。

 その後、海岸線を走って、海水浴場に行った。16世紀の遺跡の門のある海=Torre Del Orso。直訳すると熊の塔、という意味らしい。ここも遠浅の海で、子供は浮き輪で堪能。カップルが多く「こういうカップルがいるのがほんとうの海! って感じがするよね」と夫は言う。そうか……私の海の記憶って、小学校低学年の地元の遊泳禁止区域どまりなのかも。その後、国道一本挟んですぐ海の中学校に通っていたのだが、そのころには、ありがたみもなく、さらにはなんとなく不良のイメージがあって海からは離れてしまっていた。

 翌火曜日は、朝市の立つ街Carovignoを調べてあって、出かけて行った。夫はスイカの切ったのを買って食べるつもりだったのだけど、丸ごとしか売ってなくてちょっとがっかり。1個1.2ユーロだから! とか言われてもな……。プーリア州の名産ということで、ブドウを買って食べる。ブリュッセルにも入ってくるけど、とても新鮮で安くて、子供がまた、ノンストップ状態になってしまった。
 この市には、かき氷屋が出ていた。四角い巨大な氷とシロップの瓶を台に乗せていて、注文が入ると、氷を、金属の掌に入るくらいの箱鉋で削って、プラコップに入れてくれ、シロップをかけてくれる。夫と子供がかわりばんこに食べていた。

 お昼ご飯を食べようと、『旅』に美食の街として出ていたCeglie Messapicaに行った。目当てにしていたレストランが定休日だったのだが、すてきに真っ白な街で、旧市街は、車も入らないので、三人でさまよいながら歩いていた。家も真っ白に塗られているし、道路も白い石で舗装されていてつるつる滑る。建物やら道路やらは、すごく日本と違うのに、洗濯物がぶら下げてあったり、路地にごちゃごちゃと植木鉢を出していたり。しかも、玄関は開けっ放しにして、ビニールのすだれで目隠しにしてある。ちょうどお昼時分、TVを見ながら、食器をがちゃがちゃ言わせたり、子供が騒いでいたり、大人がそれをしかる怒鳴り声が聞こえたりと、すごく「日本の下町の夏」なのだった。
 そういえば、アルベロベッロも、変な建物の街だけど、やっぱりビニールのすだれだけで玄関は明けっ放しにして、夕方になると、おばあさんやらが、椅子を家の外に出して夕涼みしていて、それもまた、日本の下町情緒だった。

 こんなふうに、珍しい初体験にどきどきするのではなく、自分の記憶にある何かと結びつけて懐かしい気持ちをかき立てられることを楽しむようになったのは老化かな? と思わなくはないけど。

 けっきょく、お昼ご飯は、一軒だけ開いていた(しかも、外からは判らない感じで)レストランで食べた。もう一組しかいなかった客も、厨房にずかずか入って行ったり、注文しないのに、どんどん料理が出てきたり、身内っぽい感じ。彼らは、お金を払って出て行ったので、いちおう客なのだと思うけど、
 その後、若い親子二組とおばあさんがやってきたら、どうもそのおばあさんが、レストランの給仕をしてる人の奥さんという一家らしく、みんなで席に陣取って、やかましくお昼ご飯を食べ始め、給仕も、厨房の人たちも混ざって食べ始めてしまった。小さな女の子が二人いて、うちの子供のことが気になるらしく、ちょっかい出しになんども来た。その子たちは、トイレに入ってトイレットペーパーを引っ張りだしてしまったり、まったく落ち着いていなくて、大人は、しょっちゅう立ち上がって怒ったり、捕まえたり、またそれも大騒ぎになるのだった。

 このあと、また白い街だけど、観光地になってる感じのところLocorotondoに出かけた。バルコニーに花を飾ることを奨励しているらしく、観光客に人気投票もさせていた。壁の白と対比させたきれいな色で窓や扉を塗っていて、とても素敵な街だったが、やはり、私に訴えてくる魅力は、あの雑然としたCeglie Messapicaが上かな。

 この日は、日中は40℃を超えてしまい、あとで夜のニュースで「猛暑日!」みたいな取り上げられ方をしていたのを見て、びっくりした。そうか、子供が機嫌が悪かったのはそれだったのか……。宿に帰って冷房の効いた部屋に入ったら、いきなり元気になったものなあ。

2009年8月26日水曜日

イタリア旅行のこと1 イタリア前

 今回は、ばーんと10日間の長い旅行に行ってきた。結婚後、いや、就職後最長なのではないだろうか? 行き先はイタリア。かかとの先のプーリア州を中心に、例によって運転手一人の自動車行なので、途中寄り道をしながら出かけてきた。

まず最初は、デュッセルドルフ。ここから自動車を電車に積んでアルプスを越える。夜行なので、夕方の発車なのだが、朝から出てきて、お昼ご飯をまず食べる。デュッセルドルフといえば、アルトビール! Uerigeとか名店もあるけど、ドイツ時代に行って気に入ったのに一度しか行かれなかったBrauerei Fuechschenに行く。香りの高いアルトビール! なつかしい! ステンドグラスや、壁のタイルに店の名前の子ギツネが描かれていて、それもまた可愛くて、雰囲気がある。

 その後、日本人街に出た。今回は日本語書店に子供を連れて行くのが目的。私は日本から本を送ってくれる人に恵まれているので冷静なのだが、子供は大興奮。座り込んで読みふけってしまった。最終的に本を一冊買って出てきた。今はネットで買っても海外に送ってもらえるので、大人はその方が安いし楽だと思ってしまうのだが、やっぱり、本を買う場、見る場を楽しいと思う気持ちをもっているのは、嬉しい。私だって日本にいれば、一日に何度でも書店に行ってしまうような人間なのだ。今はすれっからしになって、個性の薄い日本語書店より(店の性格として、広く人気のあるものを、今の日本の情報を――となるわけだから、それはしょうがない)、言葉は判らなくても、書店員さんの熱意が伝わってくる、手書きポップや帯のある漫画専門店や、都心にある書店のほうが、店の雰囲気が面白いなどとすかしたことを言っているけれど。
 店内のレイアウトや商品(書籍以外の日用品も置くようになった等)も変わっていたが、一番変わったのは、店の一番奥にコミックと、ビジュアル系バンド雑誌、プリクラ機が置かれたコーナーができていたことで、そこには、ビジュアル系コスプレのドイツ人が大挙して来ていた。今時、行列のできるプリクラ機! いや、日本にもそういうのがあるのでしょうか? 手前のコーナーは、100%日本人で、日本語ばかり聞こえるのに、そのコーナーは、ドイツ語のみ。見た感じは東京ドーム前という感じなのに、なんだか不思議な気持ちになってしまう。
 日本食材店も流してみた。ブリュッセルに来て、食材が豊富なのに興奮して、こっちのほうが、日本人は暮らしやすい! なんて思っていたのだが、それは時代の違いだったらしく、デュッセルドルフもパワーアップしていてた。そもそも規模も大きく回転も良さそうで、やっぱりヨーロッパ随一の日本人街なのだった。旅初日なので、当然、何も買わずに出てくる。

 その後、夜行列車に。一等車をとっておいたので、三人で個室だった。そもそも寝台が3階建て。二等車はそれが二組で向かい合わせになっている。寝台列車なんて、それこそ何年ぶりだろうか? ほんとうに子供のときに、親と東北に行ったのが最後? 大学生のときに夜行で友達の下宿先に行ったことがあるけど、そのときは、寝台じゃなかった気がする。
 夜は、食堂車に行ったのだけど、混んでいて大変だった。席に座るまで30分、座って1時間半。でも、ライン川に沿ってゆっくり走る電車で車窓を眺めているのは楽しい。時間的にも夕暮れ時で、旅情旅情。子供も、なんとかもったので良しとしよう。

 三階建て寝台の一階に夫が、二階に私と子供が寝たが、ほんとうに狭かった! 一段目でさえ、普通の電車の座席の高さな訳だから、子供を一人で寝かせるのは危険だと思ったのだが、子供が寝相が悪いというのもあるだろうけど、よく眠れない。いつもみたいに、子供が父親と寝たがったら、大変なことだった。ドイツ人はちゃんとこれで寝られているのだろうか?
 まだ暗い中、電車が時間調整で止まっているので、外を見ると、インスブルックの駅だった。夫と二人で起きだして見る。
 6時すぎに、頼んでおいたモーニングコールが入って、子供も起こして食堂車へ移動。外はブレンナーの駅。以前、私の両親がブレンナー峠を越えたい! ドイツ人は、イタリアの陽光に憧れて峠を越えたんだ! やってみたい! とわがままを言って、夫に車を出してもらって出かけたことがある。峠は、もうEUになって国境でのもなくなっていて、とうぜん「峠の釜飯」があるわけでもないただの通過点になっていた。今回はデュッセルドルフも晴れていたから、何も感じなかったけど、帰りは、ブレンナーを越えるなり、急に天気が悪くなって気温も15℃くらい一気に下がって、やはり峠を越えたことを実感した。

 ヴェローナまでの指定がとれてなくて、途中駅で降りた。車を預けた人が順々に車を出して去って行く。さあ、ここからがイタリア旅行だ!

2009年8月13日木曜日

公園遊びのこと

 スタージュのない夏休みということで、子供を公園に連れて行って遊ぼう――が、初日、二人乗り用の自転車がパンクしていることが発覚。さっそく機動力が低下してしまったのだった。うちの回りの公園は、徒歩ではちょっときついところばかり。そんなわけで、木金は、夫の通勤にあわせて職場のそばの公園に出てみた。

 木曜日は、ブリュッセルに来てすぐ、よく行っていた子供美術館の庭の公園。広くて遊具も充実しており、木陰が素敵な公園。ヤギを飼っていて、我が家では「ヤギ公園」と呼ばれている。最近、遊具が総入れ替えで新しくなったと聞き、あの古い感じが良かったのになあ……と思っていたのだが、行ってみると、アスレチック的に面白いものが増えていて、良くなっていた。

 こういうところでは、うちのはほかの子と遊びたいので、現地調達せざるを得ず、いつも、あたってくだけている。最近では、いろいろ経験を積んできて、前に、公園で遊んでいるときに、ちょうど良い年格好くらいの子を「あの子が遊んでくれるんじゃない?」と言ったら、「ああいうのはむずかしい」とのこと。どういうことかというと、その子は、すぐ下の妹がいて、二人で仲良く遊べるので、そういう姉妹二人組は、入り込めなくて難しいということらしい。彼女なりにじっと観察して、これなら遊んでくれそうというところにぶつかっているらしい。
 そういう眼で私の観察だと、うちのちょっと歳上で、弟と一緒に来た女の子で、しかも、引率が親じゃなくて祖父母というのが一番ハードルが低いようだ。弟の面倒を見るのは飽き飽きしているけど、小さい子供の扱いには慣れている。前に、ボンで遊んでくれた女の子がまさにこのパターンで、最後には、二人を引き離すのが大変だった。また、もちろん、フランス語を使う子より、英語などほかの言語の子のほうが、ベルギー国内では、マイノリティなので、遊んでくれやすい。

 もちろん、そういった「遊んでくれやすさ」とは別に、好みの問題もあって、子供は、好みとしてはちょっと歳上の女の子が良いらしいが、本人は男の子に好まれる傾向にあり、見ていると、「その女の子を追っかけるより、ちらちら見ている男の子と遊ぶことにした方が、簡単なのになあ……」と思うこともある。
 彼女はわざとこけてみたりして笑いを取って遊んでもらう、まるで小学校低学年男子のような手法を使っているので、女の子には受けないこともあるし、そうでなくても、ちょうどこのくらいの歳の女の子は、言葉ができないと馬鹿にしがち(男の子の方がノリが楽しければ寛大なところがある)。

 木曜日は、少し歳上の女の子(南米系?)に最初から眼をつけて、一生懸命、気を引くのだが、そっちは父親がけっこうべったりくっついて遊んでいるので、どうにもうまく入れない。他の祖母同伴の兄弟の弟の方が、一生懸命うちの子を追いかけ回しているのだが、そっちは眼中にないらしく、私が「この子と遊んであげたら?」と言っても、さっくり無視している。最終的には、根負けした?女の子が少し遊んでくれて子供も満足できた。

 金曜日は雨が降っているので、屋内遊戯場に行って遊んだ。ちょうど女の子1人と男の子2人兄弟との4人でグループが形成できて、うまく遊んでいた。女の子と、男の子の上の子が、うちの子のちょっと上くらい、男の子の下のほうが同じくらいの歳だった。最初、うちの子はその女の子が気に入って遊んでほしくて、女の子は、兄弟の兄のほうと遊びたくて、弟の方が、うちの子が大好きで、追いかけあっているうち、なんとか全員で仲良く遊べるようになったという感じだった。恋愛関係なら切なくなるような好意の一方通行状態だが、子供なのでそれはまあ、大丈夫。せまいところを走り回ったり、空気で膨らましたトランポリンみたいな中に、やっぱり空気で膨らました滑り台にできる三角の山とかがあるところで、山にみんなで掴まって大きく揺らして落っこちて遊ぶとか、派手に体を使って遊んでいた。
 最後、夕方になって、夫が迎えにきたところで、うまい具合に解散になった。ほかの保護者もそれぞれ呼び戻して、靴を履いたり、飲み物を飲んだりして、別れを告げ合って帰ってきた。

2009年8月11日火曜日

大掃除のこと

 ずいぶん前から、予定書き込み大型カレンダーの8月8-9日の週末に「おおそうじ」と書かれていた。
 掃除はほんとうに苦手である。それは夫もそうだというけれど、夫と違い、私はどんどん散らかしていく。私の意識では「気づくと散らかっている」なのではあるが。以前、「エントロピーは増大するという法則があって……」と言って、夫に「ここは自然界か!? 自然界なのか!?」と怒られたこともある。諸悪の根源は「使ったものをもとの場所に戻すができない」「ものが捨てられない」からだ、と知っているのだが、気づいて直せるくらいなら、こんな散らかし人生を送ってこない。
 平日のうちに、責任が私一人に帰属しそうなもので、共有スペースにあるものをとりつくろっておく。金曜日、夫が「土曜午前/土曜午後/日曜午前」と仕分けして書かれた表をもって帰ってきた。この通りにやれば、日曜午前で終了すると言う。私はすっかり戦力外通告。

 土曜午前中は、一人でマルシェに買い出しに。子供は、夫の秘書氏が貸してくれたと言うディズニーのDVDを見て過ごす。簡単にそばをゆでて、惣菜かなにかを買ってこいという指示を受けるが、あてにしていた鶏肉屋が夏休みで、ソーセージを買ってくる。午後は、私と娘と二人で近くに出ていた移動遊園地に遊びに行った。「今日は外に連れ出しても、遊園地が来てるから、乗り物に乗せて見てればいいんでしょ――って、なんだか何もできないお父さんのような言い方だ!」「いや、お前はそれすらできなくて、けんかして泣きながら帰ってきたりするんだ」といわれたりしたが、まあ、そんなことはなく、一応仲良くしていた。
 午後早い時間は、移動遊園地も暑くて人が少なくて、回りはみんなお父さんと娘、あるいはじじばばと孫、という図で、私の立ち位置というものを知らされた気になった。
 移動遊園地は、キャンピングカーに、遊び屋台をつないでもってきて営業しているので、一つ一つのメリーゴーラウンドやら、なにやらが独立会計になっている。1回2ユーロ、3回5ユーロが基本だが、さて「同じところで3回と、何カ所か回るのとどっちが良い?」と子供に聞くと、気に入ったメリーゴーラウンドがあったとかで、「同じところ3回」という。面白くなさそう……と思うが、高さを自分で替えられるのが面白いポニー。後部座席にベルが着いていてならせるし、もちろん、運転席のハンドルも回せる(なにも機能してないけど)車。 馬らしく前後に揺れる馬――と、三種類、それぞれにバリエーションを付けた乗り物に乗れたので、まあ、良かったのであろう。くるくる回る子供に向かって、デジカメや携帯を向ける、私そしてよその父親&じじばば。
 乗り物が終わると、いつもの大好きなバンジー。私は怖いと思うのだが、ほんとうに小さい頃からうちの子供は好きでやっている。空いているせいか、ずいぶん長い時間やらせてもらえたし、あまり力がないのか、こつが判ってないのか、弾みが悪くなってくると、おにーさんが、脚を引っ張って、よくよく弾むようにしてくれたりした。これは一回で5ユーロ。 

 あまりに暑いのと、時間があまりつぶれずお金だけ出て行くので、本屋兼文房具店に入っていたら、夫が「終わったから帰って良い」と
電話してきたので、子供の手を引いて、トラムの駅へととぼとぼと帰って行った。
 帰ってから、夫が昼寝しているのに、こどもがまとわりついていたので、風のばんばん通る、涼しい居間で、刺繍をして、すてきに快適な夏の午後を満喫していたら、夫が復活してきて、「またそんなことして! 肩こりするぞ!」とがみがみ言った。

 日曜日は、私も少々参戦?して、台所等水回りを掃除した。昼ご飯を私が作り始めた頃、夫が最後のお風呂を終えて戻ってきて、大掃除終了宣言を出した。「次は12月!」とのこと。せめてそれまできれいに暮らそうと思うが、思うだけできれいになったためしはない。

2009年8月7日金曜日

スタージュ後半戦のこと

 前には「スタージュ万歳!」なことを書いたのだが、まあ、人生そんなに甘くなかった。前回のとき、同じクラスの日本人女子保護者に、「最初からすごい適応力」とか「もういくらでも預けられそう」とか「うちの子は大変だった」とかは聞かされていた。でも、実感なかったので「そーですかねー」とか返事をしていた。

 母親を帰した翌月曜、プール中心スタージュに行ってみたら、同じクラスに前回一緒だった日本人の子がいないとわかるなり、不穏な雰囲気に。その日、私が体調を崩したので、お迎え+翌日の送りを、夫に任せたところ、火曜は、クラスに着くなりいきなり泣き出して、すごく嫌がっているという。
 えー、2週間のつもりで、もう申し込んでお金も払ってるのに! あんなにプールやりたいやりたい言ってたのに! 今週は、仲の良い子はいないって予告してあったけど、だいじょーぶとか言ってたのに! とかいろいろ思うが、考えてみれば、私なんか、環境が変わればなじむのに時間がかかるんだから、子供だって大変なんだ、と思い直す。今回は、先生も女性ばかりで、そこが苦手なのかも、と夫と話す。

 内容自体は楽しいらしく、夕方は機嫌が良くなっているので、いろいろ聞き出すと、やっていることも先生も、前回の音楽のより、今のほうが良いという(えっ、あんなに前の先生と仲良かったのに! と思わないでもないが)。先生も一人、とても気に入っている先生ができたようなので、朝は、その先生を狙って行って、引き取ってもらう。ぐじぐじと涙ぐんでいても、その先生は「はーい、じゃあこっちきてね、だっこしてあげよう。ママは仕事だよ、ばいばいしよう!」と言って引き取ってくれる。そうすると、子供もうなずきつつ、ばいばいしてくれる。いや〜、仕事じゃないんですが! と良心が傷みつつも、手を振って別れる。
友達も二人、仲の良い子がいて、よく話に出てくる。両方とも名前的にも、お迎え時に親と話しているのを聞いても、英語圏なので、「でも、英語話すんじゃない?」と聞いてみると、「うんそう、フランス語じゃない」という。「じゃあ、お前は何語で話してるの? 英語? 日本語?」「フランス語だよ」「へー……」

 この頃、ちょうど日本のニュースで、フジ系とNHK両方で、韓国とベトナムとで、軍のサマーキャンプに中高生の子供を預けるのがはやっていると言う報道を見た。一人っ子が増えて甘やかされているので自立心を養わせるために、なのだそう。スタージュもきっとそうだよ! うちのも一人っ子で甘やかされてるし! と思うことにする。

 そして二週目。また生徒が入れ替わっていて、前回の友達はいなくなっていた。さらに、よくなついていた先生もいない。
 月曜の朝、「あの先生じゃなきゃいや〜」と泣く子供に、前週からの先生が優しく「あ〜泣かないで〜、あなたはプール大好きじゃない〜、楽しいでしょう?」と声をかけるが、逆効果で、ますます泣く。困った顔でその先生が「うーん、プールはすごく楽しんでるんですよ」というので、「ええ、私も午後、見て知ってます」と言う。泣き止まないながらも、なんとか別れてくれそうなので、そのまま去る。早めに迎えに行って、キャットウォーク状に設置された観覧席からプールをこっそり覗いていると、すごく楽しそうにしている。私にすぐ気づいて、手を振ったりする。なんだ、元気じゃん。
 さらに翌日に至っては、友達と遊ぶのが楽しくて、一度も上を見ず、私にも気づかなかった。大はしゃぎで騒ぐ声が聞こえてくるが、日本語とフランス語が行き交っていて、それでも意思の疎通ができている。『エマ10』のハキムとウィリアムのエピソードのよう。子供はすごい。あとで「さっき、泳いでいるとこ見たよ!」と言ったら「へー気づかなかった!」とのこと。楽しかったからだよ、と話してやる。また、新しい先生で一人、気に入った先生ができたらしい。さばさばしたタイプの先生で、うちのがぐじぐじ言っても「はいはい、だいじょーぶでしょ!」と言い放つ。「だいじょうぶ」が疑問形じゃなくて、断定になっている。子供たちには人気らしく、いつもたくさんの子供がしがみついて遊んでいる。

 水曜からは、朝も楽しく走って出かけるようになった。家で、やってきたことを楽しく話せるようになった。いつも、朝、点呼のあとは体育館で遊んでいるらしい。片足けんけんで描かれた通りに進んだり、ミニホッケー、フラフープ、トランポリン、サッカー等等。ご飯のあとは、休憩してプール。プールではおやつ休憩をとるという。
 そして、今日、金曜日でこの夏のスタージュは全部おしまい。やっと慣れたところだったので惜しい気もするし、来週一週間、どうしようとか思うけれど。

2009年8月3日月曜日

海のこと

 海辺の街Blankenbergeに行ってきた。
 私は湘南育ちなので、海は南向きに開いていて、明るいイメージがある。以前、瀬尾まいこ氏の小説(『天国はまだ遠く』だったか?)で、「海辺の街なので、北風が強く寒い」という描写があって違和感を感じたくらい。でも、こっちでは海は北。北海である。須賀敦子全集8に入った「ユルスナールの靴」に、オスタンドというここの隣くらいの街に行く話があって、そこでも、北の海に冷たく拒絶された感じを受けたように書かれている。

 が、じっさい行ってみると、空の色のせいなのか、砂の質のせいなのか、海の色が灰色っぽく地味で茅ヶ崎に似ている。私にはなじみに感じられる海岸なのだった。これまで行ってきたヨーロッパリゾート地が「ハレの海」なら、これは「ケの海」といえよう。庶民的な雰囲気。
 海岸に面して、日中、自動車の出入りを禁じられている広い通りが伸びていて、それに面して、無機質な高層マンションみたいなホテルがたくさん建っている(一部はリゾートマンションなのか)。その一軒に金曜の夜から泊まった。
 夜、もう遅くても明るいので、子供は興奮して行きたがる。小さい頃は茅ヶ崎の海に何度か連れて行っても、「動いている動いている!」と波に恐がり、波打ち際にも寄ろうとしなかったのに、成長したものだ。貝殻を拾ったりして、ホテルに戻る。

 翌朝、ご飯のあと、下見と称してまず海に。10時前には、まだ人も少なくて、目つきが凶悪なのに、母親に甘えているカモメのひながいたりする。もう自分でも飛べるし、餌も拾えるのに、親が来ると、みゅーみゅー言って近づいて行くところは、スズメと変わらない(人間とも、か?)。 そしてこの海岸は、なぜかてんとう虫がたくさんいる。餌のアブラムシも、植物さえないところなのに。越冬前の群れ作りの期間なのだろうか。さすがにまだ暑いと思うけれど。
 ホテルで着替えて、いざ、出陣。砂浜には、小さな物置小屋や、寝椅子、パラソルが並んでいるけれど、それぞれ、ついたてなどで仕切ったなわばりごとに「海の家」があって、貸し出ししている。砂浜におりると、そのなわばりの海の家の人がさっと寄ってきて、客引きする。うちは、ホテルからすぐの店で借りることにした。一日一台5ユーロだった寝椅子を2台借りることにしてお金を払うと、緑色のビニールテープを2片くれて、好きなところに貼れ、という。それが借りている証拠になるらしい。さっそく確保して、荷物を広げる。
 うちのところの海の家には、ティーンエイジャーの男の子が一人いて、ベビーカーをもって降りようとする人がいたりすると、さっと駆けつけて手伝って、ていよく売り込んだりしていた。
 縄張り内に、滑り台やトランポリン、ミニラケットやフラフープ等、これは無料で使える子供の遊ぶものもしつらえてある。しかし、パラソル4ユーロ、普通の椅子3ユーロで、日本の海の家と違って、食べ物とかは売らないから、あまり良い商売じゃないように思えるのだが……。といっても、そもそも、シーズンしかなりたたない商売なので、これだけを生業にしているというわけではないのだろう。
 食べ物は、アイスクリームやドーナツを、手押し車や箱で売りにきていた(昔の駅弁風)。

 子供も、午前中は、両手を挙げて海に駆け込んでみたり、浮き輪に掴まって波を飛び越えてみたりとさんざん楽しんでいた。最初は親の方がおっかなびっくりだったが、遠浅で、波も穏やかで、意外に怖くないと思えてきた。でも、午後になったら、波が少々高くなって、子供は頭からかぶってしまい、急に怖くなって、海に入らなくなってしまった。そこからが、暑くなって醍醐味だったのに。
 夫と私とで代わり番に浮き輪をもって、沖で浮かんで遊んだ。浮き輪に身を任せて波に漂うなんて、学生のとき以来ではないだろうか。懐かしい感覚だった。

 午後も早々に、海から上がって、シャワーを浴びて着替えて、今度はゴーカートを借りた。これは、雑誌の別冊の海辺情報の号に出ていて、やりたいと思っていたもの。親子三人で借りに行ったら、リヤカーくらいの見た目で、ペダルとチェーンが二台分付いていて、後部にも二人分の座席と、一番前に子供用の座席が付いているのを選んで貸してくれた。子供はさっそく、前に乗せてもらって機能していない飾りのハンドルをぐるぐる回す。
 運転してみると、意外に力が必要な無骨な乗り物で、がたがた音を立てて走る。若者たちは、おそろしいスピードで走っている。ハンドルは、運転席の片方のだけ機能しているので、夫がそっちに乗った。途中、雨が降ったり、海岸沿いの道に出たら、海から引き上げる人の波に巻き込まれたり。でも、子供は変な乗り物が好きなのでずっとご機嫌。でも、このあと、一日の疲れが出たのか、興奮し過ぎなのか、車上で寝てしまった。
 レンタルした店に返しに行ったら、お店の人が、子供にくれようと、棒つきキャンデーを用意して待っていてくれて、みんなで寝ている姿を見て、がっかりしたり、笑ったりした。

 みんなで昼寝して、その後、夜ご飯を食べに出たときには、ゴーカートがすごく増えていた。20時すぎでもまだ明るいし、人も減っているから、確かにこの時間帯の方が楽しそう。私たち一家は、今日は、全般的に前倒し過ぎだったかもと反省しつつ、夜ご飯を食べる。食べ物も全般的においしかった。この日も、22時くらいまで明るい浜辺で遊んでいた。満足の海の街だった。
 日曜日、ヨットハーバーのあたりにフリーマーケットが立ったり、鼓笛隊が出たりしているのを横目に、朝出発、途中の小さな街に寄ったり、やはりこれも近くにある夫の秘書氏のご自宅に招かれて寄ったりしながら、だらだらと帰ってきた。