2009年6月11日木曜日

アイさんのこと

 うちの子供には、もう夫がいるそうである。名前はアイさん。

 確か、発端は、親と意見がぶつかった時、いつもいつも二対一で「そんなことない」「それはだめ」「お前が間違い」と言い負かされてきて、ある日「そんなことあるよ! うちの旦那さんは言ってるよ!」と言い返した――ということだったと思う。いろいろ聞いてみると「名前はアイさんって言うんだよ」「おなじ会社で働いているんだ」と言い出した。それまでにも、夢の?仕事の話はよくしていた。お菓子屋さんと自動車屋さんと、本屋さんの会社で(最初は、お菓子だけだったのが、増えていったのだ)、パソコンでメイルを書いたり、車でお出かけしたりするのがお仕事。パソコンは、ピンクと紫をもっている――などなど。
 どういうふうに頭の中に入っているのか分からないが、意外と、一度言い出した設定はぶれないで、なんども同じことを言ったり、進化させたりする。

 対抗心から生まれたせいか、両親が、自分の行ったことのないところの話をしていると、「私もアイさんと行ったことあるけどね」などと言い出すし、お金持ちで優しいから、なんでも買ってくれるの――ママはお金なしだから、買ってくれないけどね――だそうだ。ちょっと怒りたくもなるが、いつも、あれ欲しいこれ欲しいと言われるたびに「お金がないから買えないんだよ~」と返しているのでしょうがない。
 家には、両親のみならず、祖父母まで一緒に暮らしているとか、子供の名前がレオであるとか、飼っている犬はラッセルテリア(犬種を言った訳ではなくて、外で会った犬をさして、これと同じ、と言ったのだが、これもまた毎回同じ犬種を言う)、などなど具体的なことを言うこともある。あるとき、茅ヶ崎の実家に向かう東海道線の車中、藤沢を越えたところで、「あ、ここ、この先にアイさんと住んでいる家があるんだよ!」と指さしたことがあり、その後、しばらく経ってから、「私たちの家は藤沢だよ」と言葉にして言ったときはちょっと恐ろしい気がした。

 そのうち、アイさんを超える人やことがらが現れて、きっと忘れていってしまうのだろう。もしかして、本当にアイさんが現れたりして? なんて思ったりもするけれど、現実に、惚れ込めることも見つけられず、ひたすら脳内夫の設定だけが増えていくのだけはないことを願っている。
 子供のときに、ベッドサイドのコップに自分にしか見えないクジラを飼っていて、夜な夜な冒険に出かける男の子の物語を読んだ記憶がある(ネットで検索してみたが、探せない。スペインの物語だったと思うが)。彼らの別れは、親に、今は勉強が一番大事だ、と言われて――だったっけ。

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