2009年5月28日木曜日

お弁当のこと

 ヨーロッパでは、薄切り肉を食べる習慣がなく、ひき肉もスパイスを入れてしまい。鶏のもも肉は骨付きしか買えない。ここベルギーでも、薄切りは、わざわざ「機械を使って薄く切ってください」と頼まないとないし、慣れていないところだと嫌がられるし、薄切りといってもけっこう厚い。普通の肉屋で買えるスパイスなしのひき肉は生食用の牛肉のみ。朝市に来る日本人向けを意識した鶏肉屋さん(会話もすべて日本語OK。さらには、ドイツ語英語もぺらぺらである)が、骨なしもも肉と、スパイスなしの鶏ひき肉を持ってくる。日本人を見ると「もも肉骨なし? ひき肉スパイスなし?」と聞いてくるくらいで、やっぱりそれは日本独特ということらしい。
 ドイツに住んでいた時は、ほかの日本人がそれを不便というのを聞いても「肉は塊で食べた方が食べた気がするし、骨付きは煮込めば良い出汁が出るし、ワタクシはまったく困りませんことよ。おほほほほ」と思っていた。

 ――が、今回よく分かりました。はい、お弁当を作るとき、本当に困ります。困りました。あのときの私は傲慢でした。

 肉をちょっと焼いたり、いためたりして入れたいなあと思っても、薄切り肉はない。シューマイ/餃子は、そもそも皮から作らなくちゃいけないのもあるけれど、豚肉のスパイス入りを使うと、ソーセージ味になってしまう(当たり前)。鶏肉の唐揚げも、上記鶏肉屋さんは金曜と土曜しか来ないから、お弁当対策には役立たない。ラムはとても好きとはいえ、さすがに弁当に入れると固くなるだろうし、美味しくなさそう(夫は、前夜の残り物を詰めて持って行ったことはあるが)。ちくわとかさつま揚げのような練り物をちょっと煮てというのも不可能。サンドイッチは、ときどき遠足の時なんかに作るけれど、子供はご飯の方が喜ぶので、頻度は高くない。

 というわけで最近は
※牛ひき肉のそぼろの甘辛醤油味と炒り卵、野菜の三色丼
※牛ひき肉のドライカレー
※牛ひき肉のハンバーグ(トマト味か醤油味を付ける)
※ハム入りトマトペーストご飯
※卵焼き
※鮭に一晩塩をしておいたものを焼く
※鶏むね肉の立田揚げ
 が、ほぼ固定のローテーションメンバーに落ち着いてきた。すごいヘビーローテーションだが、あまり好きじゃないものを混ぜてバリエーションを出すより、好きなものを毎日食べる方が好きな子供で幸いだった。

 今日は、新規メニューで鶏むね肉の角切りと旬のグリンピース、にんじんとタマネギのバターライス風にしてみた。これが評価されれば、ローテーション入りだ!

2009年5月27日水曜日

同綴異義語について

 アルファベットの国で暮らしてみると、意外に同綴異義語とでもいうのだろうか、まったく同じ綴りなのに、国が違うとまるで意味が違う言葉がけっこうあることに気づく。日本人は(というか、私は)漢字ひらがなまじりのものを見れば、「お、日本語」と反応し、アルファベットだと母国語ではないと認識できるのだけど、アルファベット圏で暮らす人々は混乱しないのだろうか?
 ベルギーは公用語がフランス語、フラマン語、ドイツ語(一部地域のみだが)と三つあることもあり、各種の表示が各国語表示になっている。たいていはフランス語とフラマン語の二カ国語。銀行の窓口やらなにやらで多く見かける「ここ(此処)」はフランス語でici、オランダ語(そしてドイツ語も)hierなのだが、この「hier」はフランス語では「昨日」。最初に「hier」が目に入ったフランス語圏の人は「昨日? 何を?」とか思わないのだろうか? これは読めばフランス語=いえーる、フラマン語=ひあとなり、まったく違うのだけど、音も同じ、という言葉もたくさんある。

 英語でgiftといえば、贈り物だけど、ドイツ語では毒という意味になる。これは音も同じ。にっこり笑って箱を差し出され、「Gift!」と言われたら、一瞬びっくりしないだろうか? もちろん、前後に「It's〜」とか「〜for you」とかがつくので分かる――ということかもしれないけれど。

 以前、ドイツで、ミドルティーンの少年が、「BAD」と書いたTシャツを着ているのを見た。髪の毛も立てて、めいっぱいおしゃれをしている感じの少年だし(まだちょっと力が入りすぎている感じがするところがそういうお年頃ということだろう)、そのTシャツも格好よいものではあった。
 が、ドイツ語では「BAD」は風呂。もちろん、英語の「BAD」なんて初歩の初歩基本単語だから、その意味もすぐ分かるだろうけれど、ドイツ語圏の人が見たら、まず第一印象「風呂!?」なのではないだろうか? そもそも、着ている少年の自意識としてはどうなのだろうか、「これは風呂じゃないんだ! 英語なんだ!」といちいち意識しているのだろうか? それとも、そんな意識的に切り替えなくても自然に英語としての意味だけを考えることができるのだろうか?

 これは正確には同綴ではないけれど、デパートでONARAというマダムなブランドに遭遇したことがある。調べたらスペインのブランドらしい。これなどはどんなにスタイリッシュであっても日本では着にくいと思うのは意識し過ぎなのかな。

2009年5月18日月曜日

ぬいぐるみのこと

 道を自転車で走っていて、「いなくなりました!」の貼紙に気がついた。迷い猫のポスターは多く見るので、またそれかな? と近づいてみると、失われたのはぬいぐるみ。子豚?のぬいぐるみの写真が入れ込んだプリントで、どうもその大通り沿いでなくしたらしいと書いてある。通り沿いに、その家の住所の通りの角から、マルシェの立つ広場まで、かなりたくさん貼ってある。
 生きた猫でもないのに……と思ったが、持ち主の子供からしたら、生きていても生きていなくても同じかも知れない。
 そう思ったら、前に、うちも子供のぬいぐるみをなくしかけたことを思い出した。
 
 去年のゴールデンウィークはまだ日本に住んでいた。ちょうど、夫婦そろって仕事に行き詰まり感を覚えていて、ゴールデンウィークには、ぱーっと遊びに行こう! とドイツ旅行に出た。ミュンヘンと、夫が留学時代に暮らしたムルナウという街を拠点に、南ドイツツアー。その日は、朝から世界遺産の教会を見、ノイシュヴァンシュタイン城へ向かうという、この旅行の中では移動の多い一日だった。季節も良く、城へ向かうシャトルバスの乗り場には大勢の人が。列もできていないし、大声ではしゃぐ集団もいて、大混乱だった。バスは立ち乗り。子供は時差ぼけもあったのか寝てしまう。夫が子供を抱きかかえ、マリエン橋からノイシュヴァンシュタイン城を眺め、帰りは馬車――で、麓にもどってきて、気づくと、私が持っていたはずの子供のリュックサックがない。そのなかには、子供が大事なあまり、この旅行にも連れてきた犬のぬいぐるみが入っている。
 まだ寝ている子供を抱きかかえている夫を残し、雑踏がすごかったバス停のあたりを見て回り、インフォメーションセンターや、土産物店などにも届け出られていないか聞いて回った。言葉が通じてないかもと、今度は、夫と交代して、また回ってもらう。でも「おまえの妻がさっき聞きにきたよって言われちゃったよ〜」とてぶらで帰ってくる。
 その先のバスには時間があり、子供も寝ているため、街へ戻るバスターミナルで暗い気持ちのまま座っていると、夫が「こいつが起きたら、ぬいぐるみがなくなったって言わなくちゃいけないな……」とつぶやいた。やっぱり、もう一度見てくる! と、またシャトルバスの発着場に行ったところ、城から戻って来たバスが一台、そして、そのフロントグラスのところに、子供のリュックサックが外から見えるように置いてあった! 運転手に「それうちの子供のです!」と言い、渡してもらったときは、本当に安堵。その後、目を覚ました子供は、そんな苦労があったことは知らない。

 ぬいぐるみは、本当にパーソナルなおもちゃなのだと思う。子供は最初、自分とぬいぐるみという一対一の関係で遊んでいる。その後、ぬいぐるみ同士を会話させるようになり、ぬいぐるみより小さなおもちゃでおもちゃ同士の世界を作って、大げさに言えば「神の視点」でそれを見下ろす遊び方になる。うちの子供も、私がシャンパンなどの発泡性のお酒のコルク栓に顔を描いて作った人形?で家族ごっこや、保育園ごっこをして遊び、プレモへと移行してきた。
 最近は、あまり遊ばれなくなってしまった、あのときの犬のぬいぐるみだが、それでも時々、ひとりで本を読むときにそばにはべらせたりしていて、やはり彼女にとって特別な存在なのだ。

 さて、そんなトラブルはあったが、天気にも恵まれて、とても楽しい旅行だった。
 が、その一ヶ月後、夫にブリュッセル転勤の内示が出たのだった……。あの、次ドイツに来られるのはいつになるか、と焦燥感さえ感じながら、回った旅程、飲んだビール、買い込んだあれこれはいったいなんだったのだろう……。

2009年5月15日金曜日

ouiとnonのこと

 身振りも駆使して、会話はなんとかしている私だが、一番、感覚的に難しいのは、「oui」「non」ではないだろうか……。
 フランス語に限らず、英語、ドイツ語(そして知らないけれど、ほかの言語も)もそうだが、相手が否定文で話してきたとき、その内容が正しい(つまり、否定形)だと、「non」で受けるし、その内容に対して異議があるときは「oui」と答える。これが、頭で分かっていても、とっさにはできない。

 身振りの使えない電話での会話は、ほとんど私には機会がないが、ほぼ唯一のチャンス?が子供の幼稚園を休ませるときである。計画的な休暇のときは、前もって担任に「金曜休みますので」「わかりました」で済むけれど、朝、起きてみて、これは風邪? 行くのは無理? というとき、欠席の連絡を電話で入れることになる。もちろん、電話をかける前に調べて「**クラスのNの母親です。今日は彼女が風邪を引きましたので、お休みします」のフランス語は頭に入れておく。

 そして、かけると――
「え? なに? 誰のクラスだって? 先生の名前は?」
「もう一度、あなたの子供の名前を言って!」
 あたりは、想定しているので、なんとかクリア。

「ああわかったわかった。今日は『来ない』のね」
 ここでうっかり「oui」と言ってしまうと
「え? 来る?」
「Aaaaaa! Non! Non!」
「つまり『欠席』ってこと?」
「Oui! Oui!」
「わかったわ、じゃあ、担任にこう伝えるので良いのね? Nは今日来ないと」
「(えええええ? 来ない、と言っているからNon? いや、違う、ここはそう伝えてください、で受けるから……)Oui!」
 
 という会話になる訳である。

 ちなみに、フランス語は相手が否定形を語っていることを否定する「si」という言葉もある。ある日、娘がクラスの男の子が意地悪で嫌だ、と話すので、「ふーん、意地悪って、どういうふうに言うの?」と聞いてみると、
「『Pas toi!』(Pasは否定なので、お前じゃない、お前はだめとかそういう意味か?)とか言うんだよ」とかなり怒っている。
「へえ……、で、お前はなんて言うの?」
「『Si!』だよ!!!」
 と、その使い方を子供に習ったのだったが、あまりに上級すぎて(?)私は使ったことはない。

2009年5月11日月曜日

刑事コロンボのこと

『よつばと!』でフランス語会話を勉強! といっても、やはり文字媒体なので、ヒアリングがまったくできるようにならないのだった。こっちはDVDソフトも安いし、なにか映画でも見るか……どうせならフランス映画! と思ったのだが、はて、フランス映画、見てわかるのかしら? 言葉がわからないのか、話が分からないのか区別がつかないんじゃないかしら? と躊躇してしまう。
 思い出してみると、ドイツ時代、テレビドラマで話が分かったのは、刑事物のみ。ミステリだから、落ちがはっきりしてるし、キャラクタもレギュラーの5人チームがボス/ひたすら熱い熱血漢/理性的な男性/紅一点/あたらし物好きの若者とすごく分かりやすかった。やっぱりここはミステリあたりから入った方がよいだろう。
 と、なんと、家の近くの店で、「刑事コロンボ」のボックスの安売りを始めたではないか! 一緒に懐かしの「大草原の小さな家」ボックスも並べていたので、70年代のアメリカドラマを安くしていたのかもしれない。コロンボなら構造的にも倒叙ミステリーだから分かりやすいだろう。
 フランス語でわざわざアメリカドラマ――と思わないでもなかったが、堀江敏幸氏のエッセイにもフランス語の「刑事コロンボ」に(しかも、私の一番好きな「別れのワイン」に)触れたものがあるし――と、買うことにした。

「別れのワイン」の入っているシーズンは? と調べたところ、第三シーズンであることが分かる。念のため、wikipediaのフランス語版に切り替えて、仏タイトルも調べておく(「Quand le vin est tiré」というそうだ。ワインが引き出されたとき? 激しくネタばれな気がするのだが……)。そして、調子に乗ってタイトルが分からないけれど、シーンを記憶しているもののタイトルも調べてみたら、簡単に検索できてびっくり。便利な時代になったものです。
 たとえば、コロンボが、犯人をひっかけるために車をわざと不調にして修理に出させるのは「刑事コロンボ じゃがいも 排気管」で検索して「指輪の爪あと」。浮浪者と間違えられて、慈善団体に食べ物を恵んでもらったあげくに、トレンチコートを替えさせられそうになるのは「刑事コロンボ 慈善 浮浪者」→「逆転の構図」。

 音声も字幕もフランス語にして見たコロンボ。話は面白いし、なんとか字幕を見ながら追いかけることもできる。やっぱりどれもラストは鮮やかに凝って作っているし、当時は気づかなかったけど、ファッションもおしゃれ。海辺で若者がラジカセをかけて踊るところとか、時代を感じるところもあるけれど。
 ショックだったのは、日本では主題曲だと思っていたのが、ミステリーシリーズ全体の主題曲だったということ。ラストのクレジットロールに流れないので、寂しく感じて調べてみたら、そんな事実が。というわけで、当然、DVDには入っていない。この曲は、携帯の仕事関係からの着信音に登録していた、私にとっては特別な曲なのに。

 そして、楽しみにしていた「別れのワイン」、オールドミスの秘書が秘めた恋心を打ち明けるところを、子供の頃の私は純愛だと思っていたのだが、「うざい女」と思ってしまった。犯人が「彼女に打ち明けられて――」とコロンボに言う表情も苦いものを感じるし――。コロンボが記憶より若く見えることよりも歳を取ったことを実感したのだった。もちろん、その苦みがしんみりと胸に迫ってくるのだけれども。

2009年5月7日木曜日

プレモのこと

 プレモとは、正確にはプレイモービル。ドイツのプラスチックでできたレゴのようなおもちゃである。レゴと違うのは、レゴがブロック遊びの延長であるのに対して、プレモは、脚/腕/首の動く人形を使ったごっこ遊びの延長であること。いろいろなシチュエーションの人形と建物や大道具小道具のセットが売られている。男女比で言うと男子よりなのか、労働系(警官/郵便局など)、乗り物系(リアルな駅/空港など)が充実している。もちろん、お姫様シリーズもあるけれど……。その他、家も現代風/レトロ風があるし、農場や動物園といった動物ネタも豊富。
 私の周りに、プレモ好きの大人が何人かいたので、存在は知っていたし、ドイツ時代にはよく買って帰って感謝されたものだったが、私自身はさほど興味がなかった。むしろ、冷淡な受け答えをしていたように思う。

 先日、ボンに遊びに行ったとき、おもちゃ売り場で子供がシュタイフのテディベアを使って遊ぶのにはまってしまった。見ると、どうも腕や脚、顔が動かせて、挨拶させたり、お話しさせたりするのが楽しいらしい。見ると一体100ユーロ超。当然、買えない。動けなくなっている子供に「あああああ、じゃあ、いいものを教えてあげよう」とプレモゾーンに連れて行ったところ、すっかり心を奪われてしまった。そこで、「じゃあしょうがないから、一つ買ってあげるね!」と恩着せがましく言い、一番小さいユニットの一箱2ユーロ強のものを一つ買い与えて、おもちゃ売り場を去ることができた。
 子供が選んだのは、女の子と子やぎ二匹のセット。それに草やりんご、かご、哺乳瓶がついていて、それらは女の子の手に持たせることができる。腰と腕が動かせ、手首がまわせ、首がまわせる(しかも、不自然に後ろまで回ることはない)。ちょっとした動きだけで、とても表情が出ることに、見ていて私も驚いた。その日から、どっぷり子供はプレモワールドにはまってしまった。

 もらってきたカタログを見ながら、次はなにを買おうと考えていると、夫に「はまっているのはお前だ!」と嗤われてしまった。いや、なにをどう組み合わせて買えば無駄がないか見ているのだ! と反論。見事なくらい、どう買っても無駄が出るようにできている。家具でそろえると、家族のお父さんが余ったり。家族をそろえようとするといろいろ買わなくてはいけなかったり。
 でも、子供の遊び方を見ていると、ぬいぐるみとかのようにひとりひとりに名前をつけて個性を与えて――というよりは、俳優的に役割を与えていることが分かる。その時々で、お母さんになったり、おそば屋さんになったり、おばあちゃんになったり――などなど。なので、あまり気にせず買うことにしてしまった。
 誕生日プレゼントに、人形の家が欲しいと言っていたので、木のドールハウスを夫から、中で遊べるようにプレモのお母さん(洗濯機/掃除機つき)、お父さん(PCや書棚付き)を私が買った。このお母さんお父さんの家での役割分担は、政治的に不適切では? とフェミニズムなことを考えていたが、娘はお母さんをPCに向かわせている。私の姿を見ていてのことか……と思うとなにか複雑な気持ちが。
 イースター休みで実家に帰って、前に父親に買ってあげた郵便屋さんセットを奪い返してきたり、ちまちまと買い集めて、今は大人4人、子供5人になっている。

 子供が寝た後など、最後に遊んだ形で、プレモが視線を交わしていたり、手をつないでいたりしているのを見ると、なんだか本当に話し合っているように見えて、私も楽しくなってくる。やっぱりはまっているのは私なのか?