2009年1月21日水曜日

連絡帳のこと

 子供は毎日、幼稚園でフランス語で苦労しているが、私も月に一度苦労する日がある。それは連絡帳というか紙挟みを持って帰ってくる日。そのなかにある連絡事項を読み解くこと。

 必ず入っているのは翌月分の計算書。これは給食等の支払いを申し込む紙で、支払うべき項目にチェックをして金額を書き込み申し込む。公立の幼稚園なので、授業料は無料ということになっているが、いろいろ払うものがある。書き出してみると――
*温かい給食 2.85€
*軽食(午前中のおやつ)0.25€
*ポタージュ 0.30€
*朝の時間外保育 0.50€
*夕方の時間外保育 0.75€
*午後のおやつ 0.60€
*水曜日の午後の保育(原則的には午前中で終わるので)1.00€
 ここまでが、横罫に日付が入れてあって、日にち指定で申し込む。金額はそれぞれ単価。
 以下、月別に申し込む
*牛乳(毎日出るが、これはトータルで払うことになっている)4.50€
*動物の餌代(幼稚園で飼っているウサギとモルモットの飼育費)0.50€
*プールに行くバス代 1.25€
*プールのチケット 1.43€
*音楽費(月に一度外部の人がやってきて音楽演奏などをする)2.50€
*遠足代(月に一度バス遠足がある。その時々によって値段も変わる)15.70€

 これに数字を書き込み、単価を書き込み合計金額を入れておく。
 前の月に出した計算書を元にした振り込み用紙が入っているので、確認して振り込む。
 
 そのほかには、給食の献立表も入っている。ちなみにうちは、給食をいやがるので基本をお弁当とし、市場が休みだったり週末遊びにいってたりして用意の面倒な月曜日だけ給食を頼んでいる。献立表を見るとポタージュとメインとデザートから構成され、月のテーマなどいろいろ考えられていて面白いのだが、美味しくないと子供は嫌っている。まあ……私も子供時代は給食嫌いだったなあ。

 あとは、その月の遠足の予定。これまでは民俗博物館とか、フォロン美術館、恐竜博物館と呼ばれている自然科学博物館に行ってきた。2月はカーニバル直前の予習なのか、バンシュという独特のカーニバルをする街にある仮面博物館だそうだ――怖いような気もするがうちのへたれ娘は大丈夫なのだろうか?

 さて、そのほかにイレギュラーなものがいろいろ入っているので、これを読み解くのが一苦労。今回は、
*個人面談のお知らせ(希望日時を返答されたし)
 などなど。

 確定した計算書と、質問しなくてはいけないプリント(質問事項を付箋で貼っておく)を紙挟みに入れて終わり――いや今回はまるで意味の分からないプリントがあったので、質問するまでは私の仕事は終わらないのだった……。

2009年1月20日火曜日

ポリスのこと

 ポリスというバンドを知ったのは、中学生のときだった。その頃はお金もなくレコードも買わなかったし、お金ができてCDが買えるようになったら、解散してしまっていた。でも、スティングのソロアルバムはずっと出るたびに買っていた――というくらい、あまり音楽に興味のない私にとっては別格扱い。
 再結成ライブが日本を出る前にあったのだが、もちろん、子持ち労働者に行っている暇なんてなかったのだった(実は東京ドームのそばに住んでいたので、子連れで外まで漏れる音を聴きにいく! と言って夫に鼻で嗤われた。まあ、本気じゃなかったけど)。
 こちらに来てから、そのツアーのDVD『Certifiable Live in Buenos Aires』が発売されて買ってきた。正確には、DVDとCDの一枚ずつのセット。映像にはまったく興味のない人間なので、CDだけで良いのに、と思い、しばらくはCDだけかけていたが、あるとき、MacでDVDをかけて、ながら見していたところ、当時大好きだったスチュワート・コープランドが銅鑼をじゃら~んとするシーンが。

「Wrapped around your finger」だ!

 ちまちまと提げられたパーカッションを演奏するコープランドのイカレた姿に、この一曲だけのためにでもDVDも買ってよかったと思ったのだった。なぜかCDには収録されていないけど、やはりこのコープランドさまは見なくてはということなのだろうと自らを説得。

「Wrapped around your finger」は、確か、中学三年生のときにリリースされたと思う。当時、TV神奈川(TVK)ではMTVを流している時間があって、プロモーションビデオにも記憶がある。中学三年、と覚えているのは、掃除の時間に、ある男子が帚を立てて並べ、「Wrapped around your finger~!」と叫びながら、手にした帚でなぎ倒したのを見て笑った、という記憶があるから。

 馬鹿だ……。

 懐かしい気持ちで、You Tubeに行って、プロモビデオも見てしまった。今よりもずっと若い(当たり前だ、もう25年も前だ)スティングが、ろうそくをなぎ倒すシーンについ笑ってしまったり。

 私にとって音楽(とくに流行の曲)は記憶を呼び覚ます装置になることが多い。重篤な活字中毒者の私だけど、活字からはなにかを呼び覚まされることはない。だが、音楽には自分の個人的な気持ちをかき立てられる。とくにこの1983年あたりから87年、ちょうど私の高校生時代と重なるころは、洋楽全盛期。前出のTVKもそうだし、土曜の午後にはFENでアメリカントップ40を部室でかけたりしていた。当時の曲を聴くともろに当時の記憶が絵でよみがえってきて、柄にもなく青春だったなあなどと思ったりする。
 先日、上司と相手先の人と話したときに、やはり音楽によって呼び起こされる青春時代の記憶という話になり、彼ら二人は青春時代=大学時代と思っているのにちょっと驚いたりした。

 鼻で笑った夫にぎゃあぎゃあ言って録画してもらっていたWOWOWの東京ドームライブのデータを発掘して見たり、CDで買った『The Synchronicity』をかけたり、しばらくポリス三昧していた。が、私の気持ちが強すぎたせいか、なんと『Certifiable Live in Buenos Aires』はMacで再生していると、「Wrapped around your finger」の前、「Every little things she does is magic」の途中でシステムエラーを起こして見られないようになってしまったのだった。なんてこった……。ほかのDVDデッキで見られることを確認したものの残念な気持ちは強い。

2009年1月13日火曜日

パン屋さんのこと

 パン屋さんは、「うちのパン屋」と名付けるような、常連になるパン屋さんをいつも持っている。「これはほんとうに美味しい!!!」というような「すごい」ものはないけれど、しみじみと美味しいものがあるところにすることが多い。

 東京でも、家から坂を上って上り詰めたところにあるパン屋さんに通っていた。フランスパンとかクロワッサンとかはたいしたことがないけれど、角食にはじまる食パンのシリーズが美味しくて、全粒粉のやイギリスパンなどいろいろあった。「これとこれは生地が同じなんですよね」なんて言ったりすると、「型が違うので膨らみ方が違って、味も違うんです」とおばさんがちょっと怒ったように言ったりするのがおかしかった。
 おばさんは、ほんとうにお店のパンが好きらしくて、「パンは全部主人が、調理パンは全部私が作ってます」と誇らしげに言っていた。「これはレーズンが入ってるからな……」とためらうと「入ってるったって、ちょっとですよ!」と後押しする。袋に1910年創業と書いてあるので尋ねると「主人が3代目です」とうれしそうに言う。
 創業当時から変わっていないのは、ちょっと甘めの生地に薄いリンゴのスライスを乗せて焼いたやつと、黒糖蒸しパンとのことだった。この黒糖蒸しパンも私は大好きだった。レーズンが底に固まって入っているのでそこだけ残して夫に怒られたりした。あと、普段はチョコチップが乗っていて、週末だけカスタードクリーム入りになるメロンパン。おばさんに「カスタードクリーム入りのが好きなんですけど」と無茶を言うと、「そうですよね! 私もそう思うんですけど、生徒さんにはチョコチップの方が人気で、だから休みの土曜日だけ焼くんですよ!」と鼻息荒く語ってくれたり。それにうぐいすパン……。書いていると味もよみがえってきて懐かしい。
 19時が閉店で、保育園のお迎えを済ませて、駆け込むとやっとだった。時間より早く閉めてしまったりすることもあって、がっかりすることも多かった。隣が本屋さんで、子供はそこに寄るのが大好きで、がっかりしながら立ち読みとかしていると、閉店作業を終えたおばさんがのぞきにきて「あ、やっぱりいたいた、今日は来るかな、と思ってたけど閉めちゃった。パン買う?」なんて声をかけてくれる。「じゃ、全粒粉1斤ください!」と頼むと持ってきてくれて「レジも閉めたからお金は次にして」なんて言ってくれた。文字にしてみるとしみじみ迷惑な客だ。

 ブリュッセルでも、「うちのパン屋」があった。やっぱり、バゲットやクロワッサンとかはほかの店に負けるけど、どのパンも粉の味がしっかりして、素朴に美味しいパン屋さん。値段も安め。コッペパンみたいのや、四角いパンや、ブリオッシュとか、たくさんつながった形で焼いて並べてあって、頼むと手で割って売ってくれた。お店の人も親切で、うまく注文できないときにも根気よく聞いてくれたり、パンの名前を教えてくれたりした。ちょっとしたケーキも作っていて、今年のクリスマスケーキはここで買ったのだった。

 年明けに行ってみたら、「14日で閉めます」と衝撃的な貼紙が貼ってあった。この店は、二店舗あって、少し離れたところに支店がある。そこ一軒にするらしい。
 閉店前日に、ラストチャンスだろうと、わざわざ出かけていって、いつものおばさんだったので、「あしたでしめるのですね」と言ってみたら、「そう、なぜならば、だらだらだらだら」とすごーーーーく長くフランス語で説明してくれたが、申し訳ないことに最初の「なぜならば」しかわからなかった。私は向学心がまったくないので、フランス語なんて、買い物できて、子供の幼稚園で不自由しないくらいに「会話」をいくつか頭に入れておけば良いや、なんて思っているような人間なのだが、このときは、フランス語ができないことを、このおばさんに対して本当に申し訳なく思った。

 最後に、そこで名前を覚えた、「とてぃよん」という名前のデニッシュ生地をねじって砂糖がけしたパンを買った。このパンは、好きで何度か買って、途中で、名前を聞いて、でも、一回で覚えられなくて、何度か習って、やっと覚えられたのだった。途中で、おじさんが「papillonみたいな感じかな?」と言って、はばたく真似とかしてくれたので、それで頭に入ったのだった。
 おばさんも、それを覚えていたのか、私が「とてぃよん」と言ったら、吹き出して、「Parfait!(よくできました)」とほめてくれた。
 ネットで調べたら、Tortillonといって、こういう甘い生地だけでなく、バゲット生地などでもねじった形のものを呼ぶらしい。さらに辞書で調べたらねじるという意味の「tortiller」がもとだと分かった。

 支店は自転車では少し遠い。閉店を知ってから下見に行って、ここまで通うことはないな、と思った(「うちのパン屋」には気軽さも必要なので)。もっとうちのそばに何軒かあるパン屋さんを開拓しようと思った。でも、やはりまた遠くても行ってしまう「特別なパン屋」にはなるのだろうな、と思ったりもしている。

2009年1月9日金曜日

凧のこと

 2009年のお正月のメインイベントは凧揚げ。
 
 子供がなぜか、凧が欲しいと少し前から言っていて、ケルンに買い出し旅行に出かけたときに作った買い物メモに「たこ たこ たこ」と三人分だと三個も書いたりしていた。だが、ほかの買い物が忙しく、おもちゃ屋には寄ってもやらず黙殺。その後、ブリュッセルで探してもなかなか見つからない。ドイツのものが入ってきているオランダ系の街のおもちゃ屋にも行って、店員さんに聞いてみたが「凧? ああ風に乗せて遊ぶ、あれ? ないよ」とのこと。
 ネットであれこれ調べてみたが、スポーツカイトはけっこう盛んらしいことがわかる。ブリュッセルにもクラブがあるらしい。その情報を手がかりに、スポーツ用品屋にも出かけたが、ディスプレイで一つ飾ってあるだけで、売り物はなかった。
 夫が「作るしかないんじゃない?」というので、手作り用品屋さん(文房具屋とも違うし、なんだろう、スクラップブッキングとか、子供の手作り系おもちゃとか、毛糸とかフェルトとか売っている)で細い角材(竹ヒゴはなかった)、ドイツの凧用の紙(パラフィン紙みたいなの)を購入。スーパーで鉤編み用の木綿糸を買って凧糸がわりとした。
 大晦日の夜、酔っぱらいながらも作った。ネットで調べて日本のいわゆる角凧と、ヨーロッパ風の上部がつぶれた菱形みたいなやつと二つつくっておいた。この菱形のは、Eddyという名前がついているらしい。最初に作った人の名前だとか。1900年の図面(?)もネットで発見した。

 が、元日はベタ曇り。二日もますます天気は悪く、やっと三日になって快晴になってので、近くの自転車やスクーターを練習させに行く公園に出かける。弱い風がある絶好の凧揚げ日和。もちろん、日本じゃないのでほかに凧を持ってきている人はいない。もっているだけでふわふわと空中に上がるが、バランスが悪く、うまくいかない。しっぽがあるせいか少し安定するEddy凧を子供に持たせてあげさせて、その間、角凧を調整。そのうちに子供のEddy凧からしっぽを少し切り離し、角凧につなぐ。安定して、高く上がった! と思ったのもむなしく、木に引っかかり、あえなく壊れてしまった。
 おろした後は高度を上げようとか野望せず、子供が持って走る分には楽しくひらひらと上がるのでよしとすることに。

 しかし、竹ヒゴではないので骨は折れやすいし、凧糸じゃないので糸も絡まりやすい。やはりこれは正式のを手に入れなくては、と思ったのだった。ネットで見れば、ドイツ製もフランス製も子供用もたくさんある。年末にはなんとか年内に手に入れなくてはという気持ちが強すぎて、ネットで買おうとは思わなかったのだった。
 さて、どれをいつ買おうかな。まえにドイツ人に聞いた話だと、ドイツでは収穫後の麦畑で揚げるので、季節としては春に揚げるものなのだというし。

2009年1月6日火曜日

年越しのこと

 初めてのベルギーでの年越し。夫と「でもお餅は買おうよ」「え~、だったら日本から送ってもらったのに! なんでもっと早く言わないの!」と会話して、はたと気づくと、ドイツ時代はせっかくの長い休み、遊び歩いていたので、自宅で年越ししたことがなかったのだった。フィレンツェとか、スキー場(といってもクロスカントリー)とか。
 けっきょく日本食品店でお餅と里芋を買って、マルシェで鶏肉とほうれん草を買っておいた。お雑煮対策也。
 クリスマスには、ブッシュ・ド・ノエル一色だったケーキ屋さん(やパン屋さん)の店頭が、29日あたりから、いっせいにハート形のケーキに替わっていた。どこも同じ様式なので、決まりというか伝統なのかも。クリームでふち飾りをしていたり、バラの形のクリームを飾り付けて「Bonne Anee!」と直に書いたり、チョコプレートを置いたり。こういう「決まりの食べ物」に弱い私。さっそく一人用(を三人で食べるのだ……)を購入。
 大晦日、JSTV(ヨーロッパ向け日本放送)では紅白を衛星中継で、午前11時からやっていた。昼の紅白……あまり気持ちが乗らず、消してしまったが、夜にはちゃんと(?)19時から紅白の再放送をやっていた。それと、ドイツ局のVolksmusik(日本でいうと民謡かな? でも新曲が出続けるので、演歌の位置づけかも)やべたな歌謡曲の番組をいったりきたりして、すき焼き。年越しそばを食べて、前述ケーキで〆。ドイツのべたな歌謡曲は新曲であることにあまり重きを置かないのか、ずいぶん前にヒットした曲を流したりする。以前、スキー場でよくかかっていた曲が流れて、夫と二人で喜んだりした。

 12時になる前から花火が上がる音がし始めた。ドイツに住んでいる頃は、もっとみんな盛り上がっていた気がする。知り合いの60代後半のおばあさんでさえ「高台に出てライン川を見下ろしながら上げるのよ。ビール瓶の箱に空き瓶を入れたのをとっておいて、そこに花火を入れて一斉に火をつけるのがこつよ!」と語っていた。そのくせ、火薬は危ないからと花火は大晦日の前しか売ってはいけないことになっているとかで、結婚式などで使いたい場合には、そのときに多めに買って保管しておくとか。危険とか怖いとかがちょっと違うと思ったものだった。

 翌朝はお雑煮。これまでお餅が嫌いだった子供も食べるようになっていた。11時すぎにはドイツ局でウィーンフィルのニューイヤーコンサートを。これは衛星中継で日本でもやっている。紅白と逆で同じ時間。母親も気づいておかしがるメイルが届いた。めずらしく外に出ない一日。こうして2009年が明けた。