2008年12月18日木曜日

クリスマス前の一日

 クリスマスが近づくと年甲斐もなくうきうきしてくる。別にいい思いしたこともないけど、イルミネーションを見ると「恋人がサンタクロース」とか口ずさんだりしてしまう。ブリュッセルは、さすがに飾り付けがきれい。きれいに考えられた観光地イルミネーションも良いけど、商店街がやっている普通の電球を使った道路をまたぐ電飾もかわいくて私は好き。普通の家の生け垣に小さな電飾が巻き付けてあるのもかわいい。

 さて、クリスマスまであと一週間。幼稚園も午前中で終わる水曜日に「子供と一緒にクリスマスクッキー作り!」に挑戦。レシピはこちらで買ったフランス語の「おばあちゃんのクリスマス菓子」みたいなタイトルの薄い雑誌。型は週末にケルンの大きなクリスマス市で興奮して買ってきた型がある。鳩サブレーか? というくらい巨大なくまの顔(目鼻も筋が入るようになっている。まさに鳩サブレー状態)の型が一番のメインイベント。
 まずは昼食後、生地を練るところまでやる。レシピを見ると、粉600g、バター・砂糖それぞれ370g、卵2と、あり得ない量なので、半分にする。それでも、バターも砂糖も気が遠くなるような量。見ていて息苦しくなってきたので、適当に減らしてしまった(お菓子作りに向かない性格)。子供は最初「きゃ~!」と喜んでねちねち混ぜていたのだが、途中で飽きたので、最後は私が練り上げて、冷蔵庫にぶち込む。

 生地を寝かしている間、次はクリスマスツリーの飾りを買いにいく!

 子供もいるし、ヨーロッパだし! と今年はクリスマスツリーを導入した。最初は、切られてしまっているものを買うつもりだったけど、なぜかそういうのは大きくて、根っこ付き鉢植えのほうが小さかったので、そちらを買ってしまった。
 私も夫も小さい頃、郊外一戸建て育ちのせいか、ちょうどそういうのが流行っていた時期なのか、家に生きたクリスマスツリーがあった。しかしいつしか見なくなったような……。私も夫も、「確か、何年かたって鉢から庭に植えたのまでは記憶が……」で終わり。母親にメイルして聞いてみたが「確か最後は庭に植えて……」と同じ回答。

 週末、ケルンのクリスマス市で小さな飾りはいくつか買ってきたが、貧乏性なのか、思い切って買えず、すごくすごく考えて選んでちまちまと買ってしまった。ここはがつんと定番の電飾とメタルのボールを買おう、と決心したので、子供を後ろに乗せて自転車で出撃。まったく関係ないものにはまる子供を制止し、混雑するレジに並び、二軒回って購入(といってもやはり貧乏性なので、50個豆電球の電飾、直前値引きで2.09ユーロ也と赤いメタルのボール6個入り7.80ユーロ也、フェルトのトナカイ10匹組1.80ユーロ也の三種類)。

 が、商店街で興奮したのが効いたのか、自転車の揺れが心地よかったのか、帰り道で子供爆睡。やっとの思いで部屋まで担ぎ上げて床に転がしても微動だにしない。

 ………………。

 が、めげていてもしょうがないので、まず夜ご飯を仕込んでしばらく放置。眠りが浅くなったところで「クッキー焼かないの?」と話しかけてなんとか起こす。寝起きでめちゃくちゃ機嫌が悪いのをなだめて再開。

 生地を伸ばすのは力がいるので私がやることにして、子供が型抜き。生地が硬めなのか、うまく抜けて子供も大喜び。ここでもやはり生地が多すぎるので、半分を冷凍することにした。型抜きして天板に並べるのが、やはりクッキー作りの醍醐味だよな~。と楽しく写真も撮る。子供が撮った写真の方が構図が面白いので、悔しいから私も撮りなおしたり。
 完成したクッキーは使った砂糖がきび糖なので、甘さにくせがある。もう少し減らしても良いな、と思いながら食べる。きび糖が効いているのか、バニラが効いているのか、なんだかキャラメル風味でちょっと気に入りました。

「子供と一緒にクリスマスクッキー!」はアルザスの画家Hansiという人の絵で、伝統衣装を着けた子供がクリスマスクッキーを作っている額絵を持っていたりして、なんとなくあこがれの光景だったり。まあ、私たち親子なので、光景的には似ても似つかないものだったけど。
 さて、来週月曜からは子供は冬休み。冷凍した生地を利用してまた作らなきゃ。

2008年12月17日水曜日

幼稚園のこと

 子供はフランス語系の公立幼稚園に通っている。
 まだ幼稚園児なので、英語教育を施してバイリンガルにしましょうという野望もなく、でも、せっかくなので異文化の中にぶちこんでしまいたいとの気持ちからそうしたのだった。場所柄か、入れた園は日本人も多く、その他の外国人も多いから、「異文化体験」という意味では面白いし、いざとなれば、日本人同士でコミュニケートできるし、受け入れられやすいだろう。また、月一回の遠足でフォロン美術館に行ったり、自然科学博物館(恐竜の展示が充実しているそうだ)に行ったり、水泳も近くのプールまで行くのが月に1-2回あり、音楽イベントもありと充実していて、私はいろいろ満足。

 子供はなかなかなじめていないけど!

 早いうちから、家での話題にクラスの女の子の名前も出ていたので、それなりに過ごしていたのだろうとは思うけれど、安定してきたのはこの12月くらいで、それまでは毎朝、だいすきな父親と別れるのがつらいと言っては泣き、ほかの子に無視されたと言っては泣き、で父親はかなり胸を痛めていた。平然としている私は冷たいと言われていたが、だって、その頃だって、先生に「どうですか?」と聞くと「泣くのは朝だけ、それも2分間だけです。あとは笑って過ごしてます」「え? 2分って、2、2ですか?」「ええ、お母さんが見えなくなれば泣き止んでます」と言われたりしたし。
「ぜったい一番に迎えにきて!」と言われて、はいはいと15時半の開門を玄関で待ち、さっと教室まで行く。日によっては「も~、今、みんなで『それ~それ~』(歌? 手遊び?)やってたんだよ!」と怒られたり、みんなにキスしてお別れしてから帰ると言って、またみんなの輪に戻っていくこともある。また日によっては泣いたあとがあって「今日はお外で遊んだときにいやなこと言われた」と言って泣いてみたりするし、一進一退。
 昨日も、「エコールは楽しい?」と聞いたら、「non!」と返事するので、なぜだか聞いてみたら、フランス語が読めないからだと答えた。保育園時代、登園するなり、まず絵本棚の本を読むところから一日を始めていた子供なので、本が思う存分読めないというのは、ストレスなのかもしれない。
 引っ越し前の一ヶ月は私の実家で過ごし、ブリュッセルに来てからも家を決めたり、手続きでばたばたしたりで、まる二ヶ月を家族だけで過ごしたので、とくにつらいのかもしれない。

 一方、oui、non、や数はかなりフランス語で出てくるようになった。最初にnonを覚えてきて、家で連発するので、「のんのん小僧」と呼ばれていた。今は、なんでも「c' est moi!」と言うので「せもわ小僧」に昇格。しかし、こうして書いてみると、ただの反抗期か? また、歌も習ってくる。いろいろ歌わせてみて、見当をつけてネットで検索できるくらいには再現できるようになった。

 将来の夢はお菓子屋さん、という子供なので、それにはフランス語ができると、便利だよ! と言って、今日もまた送り出すのであった。

2008年12月15日月曜日

猫のこと

 ドイツではあまり外で猫を見なかった。犬はたくさん見たけれど。ドイツ人は猫嫌い? と最初は思ったのだが、その後、視線を感じてふと見ると、出窓に座る猫と目が合ったりして、やはり、猫も飼ってはいるようなのだった。
 ベルギーに来てから、家の外に出ている猫をよくみるようになった。日だまりに丸まっている猫、飼い主と一緒に庭に出てきた猫などなど。

 住んでいるこの建物にも猫がいる。黒く細い美猫で、少しお年を召しているのかな、銀のメダルのついた首輪をしていて、遠目に見るとのどに光って見えて、ポーの『黒猫』を思い出させる。最初に見たとき、一階の庭にいたので、その部屋の猫なのかと思っていたが、道の向かい側の家の玄関前で丸まっていたこともあるし、地下に住む管理人さんにまとわりついていたりで、よくわからない。

 ある日、エレベータからその猫を抱いて上の階の人が降りてきた。そして、なにごとか話しかけながら、表玄関を開けて外に出してやっていた。これで、この猫の飼い主はこの人で決まり! と私は思ったのだが、「入ってきちゃって迷惑だから出しにきたんじゃない? わざわざ外まで出して、玄関も閉めたよ」と夫。うーん、人なつこい猫と、家に入られるのは嫌だけど猫好きの人、という図にも見えなくはない。謎は深まるばかり。飼い主?氏とは挨拶を交わしたんだから、ちゃんと聞けば良かった! と後悔したのだが、そもそもたいした問題じゃない。

 家族で出かけたフォロン美術館のカフェで、セントラルヒーティングの上のひさしというか棚に、どうどうときじ猫が寝ていた。そのすぐそばの席に座ったおばさんが写真を撮ったり、連れのおじさんが足の裏をくすぐったりしても、いやそうに耳を動かしたり、足で払ったりするくらいで、ぬくぬくと寝ていた。ずいぶん経って、その席の客も入れ替わったころ、寝飽きたのかふいに起き上がって棚伝いに早足で去り、店と厨房との間のカウンターに上った。カウンターの中の人にお尻を叩かれ、厨房の中に入っていった。
 寝ていたときはまるで気づかない様子だった客の犬たちが、起き上がって猫が伸びをしたとたん、いっせいに吠えたのがおかしかった。

 その後のある日、外から帰ってきた私に、玄関の外で待ち構えていた黒猫がにゃあにゃあと訴えかけるので、開けてやると、さっと入り、次はエレベータの前で乗せるように催促。「リフトは乗せてあげないよ、階段で上がりなよ」と(もちろん日本語で)言ったら、黙ってちょっと見返してから、さっと階段を上がっていった。

2008年12月12日金曜日

食べ物を買うこと

 夫は食べ物にうるさい。肉は対面式でないと買いたくないとか、パンはここで買いたいとか、蕎麦はこれだとかいろいろうるさいことを言う。本人に言わせれば、私の方がずっとうるさいそうだが、まあそれはお互いさま。日本にいるときは、そうね~、私たち気が合うわね~、で済む。済んでいた。
 ボンに引っ越したとき、一ヶ月早く出国して暮らしていた夫に「肉や野菜は、スーパーのは良くないから、個人商店か、朝市で買うと良いよ。この家のそばで肉屋はここ、八百屋はここ、朝市が建つのは*曜日で……」とか言われた。ラジャー! と翌日さっそく行ってみて、当たり前だが、ドイツ語がわからない。八百屋で、肉屋で、日本語で「あれ、それ、いや違う、そっちそっち」と言いつつ手に入れた。その後、魔法の言葉「Wie heisst das?=これはなんといいますか?」を覚えて、野菜を、肉を手渡してもらうたびに繰り出して、また、料理雑誌を熟読して、食材の名前を覚えていった。もちろん、当時はすぐ挫折したとはいえ、ドイツ語学校にもしばらく通っていたので、そこで覚えたことも多い。

 さて、ブリュッセル。
 ホテル住まいの最初の半月で各曜日、各地の朝市を巡った。フランス語は、それでもドイツ語よりも食材になじみがある。ドイツでの苦い経験(?)を活かして、フランス語は買い物で使うボキャブラリーに限定して覚えることに決定。料理雑誌を即購入、日本から持ってきたフランス料理の本も参考に食材と、あと、数字(これがかなり重要)を集中して覚えた。
 家を決めて、拠点となる朝市も決まった。また、肉屋は月曜日はここ、水曜日はここで買うとどんどん定まってきた。同じ店に通えば、多少たどたどしくても許してもらえるし、パンとか、呼び名も教えてくれるようになる。ドイツでもありがちだったが、怒濤のように話しかけてきて、買わされることも(苦笑)。

 朝市には日本語を話せる鶏肉屋さんが来る。観光地だったらぜったいぼられると思うくらいの流暢さで(はい、失礼な発言ですが、最初はちょっと警戒しました)、「骨なしもも肉ですか? ひき肉? スパイスなし? 何グラム?」などと聞いてくれる。ちなみにヨーロッパではもも肉は骨があるのが当然、ひき肉はスパイスを入れるので、このお店はかなり貴重。日本人にはありがたい。合計金額も、おつりもさっと日本語で出てくる。
 最後に、にっこり笑って「良い週末を!」と言われ、がんばって返事しようと思ったが、出てきたのはドイツ語の「Schoenes Wochenende!」だった。お肉屋さんは、顔色一つ買えずに「Vielen dank!」とさらりと返してきた。

2008年12月10日水曜日

コミックのこと

 ブリュッセルは漫画専門店もあるし、ちょっと大きめの書店にいけば、コミックコーナーがあって、日本の漫画の翻訳もたくさん入ってきている。家の近くの繁華街の書店で『ハチミツとクローバー』最終巻を発見、フランス語の勉強になるかもと言い訳しつつ買ってしまった。それを見つけた娘に、次は『よつばと!』を、とねだられて、「そんなのあるわけないよ~」と言っていたのだが、都心に出たときに、ついにフランス語版を見つけてしまったのだった。
『よつばと!』フランス語版は現在、7巻まで刊行されている。一番好きな6巻を買って帰った。

 大量に、しかもメジャーでないものも翻訳されて、流通している日本のコミック。五十嵐大介の『リトル・フォレスト』や入江亜希『群青学舎』なんてあるし、『きょうの猫村さん』なんて、背景がわからず読んで面白いのか? と思ったり。『オトメン(乙男)』や、『夏目友人帳』もある(『夏目友人帳』は、『妖怪との契約』みたいなタイトルになっている。妖怪はyokai)。

 前回、ドイツにいたときは、コミックに対する飢餓感が強かったが、こうなったら、翻訳されるのを待ってコミックは買えば良いのではないか?
 と、つい頭に血が上ってしまったが、冷静に考えると、まず、コミックは翻訳だからもあるだろうけど、けっこう高い。ネット書店で国際送料を払って買っても、そのほうが安いくらい。どうせ、新刊を刊行日買いで読みたい人間なのだから、時間的なものをとってもそっちのほうがずっとましってものだ。
 そして、翻訳されると、文字量が増える。『ハチミツとクローバー』(以下『ハチクロ』)でさえ、文字が多くて圧倒される気持ちになるのだが、オランダ語版『DEATH NOTE』に至っては、あまりの黒さにすぐ閉じてしまったくらいだ。『よつばと!』くらいの分量が私のような軟弱者にはちょうど良い感じ。

 ところで、この買った二冊を読んでいて、ふと違和感を感じた。それは書き文字。

『ハチクロ』はオリジナルの書き文字を尊重し、日本語で書かれた「ドガッ」「ブオッッ」から静かなシーンの「サアアア」(雨の音)なんていう文字は残しておいて、脇にDOKANG、BWOOM、SHAAAと補っている。また森田に花本先生がお金を投げ返すシーンでは、札束の絵はそのままとして、その枠外に10000yen = environ 60 Eurosと注を入れている。呼び名だって、竹本くんははぐを「HAGU-CHAN」と呼ぶけど、花本先生は呼び捨て、というのも踏襲している(でも、あゆのことは、花本先生もYAMADAと呼び捨てしているし、藤原デザインのメンバーも美和子さんを呼び捨てで、すべて踏襲ということではない)。

 一方、『よつばと!』は書き文字もすべてフランス語で起こし直している。圧巻なのは「よつばと牛乳」の章扉。各種の牛乳パックやびんに囲まれて牛乳を飲んでいるよつばの絵なのだが、牛乳パックのロゴ等がすべてフランス語。明治のおいしい牛乳は「LE BON LAIT」。私が日本で買っていた懐かしの千本松牛乳や、木次牛乳だって、「LAIT DES PLAIRIES SENBON-MATSU」「LAIT KISUKI sans hormoge」がきれいにロゴとして配置してある。よくよく見ると千本松牛乳の縦に入った「生乳100%」とかは残っているけれど……。そういう目で見ると、風香の15才シャツも15ansだった(風香が着ている16才シャツのほうは胸の下で歪んでいるせいかそのままだけど)し、シュークリームに風香が、風♡と書いて貼った文字はFUKA♡にかえられている。お金に関しても、注は使わず、ユーロ換算でせりふにそのまま使っている。
 出版社の考え方の違いなのだろうか? 最初は、書き文字をわざわざ書き換えるなんて、とか思っていたが、慣れるとこれもまた面白いと思うようになってきた。書き文字の人らしきクレジットも入っているし。

 さらに、重箱隅な読み方をすると「よつばと金曜日」の章で、よつばが「とーちゃん! めいしくれー!!」ととーちゃんを起こし、ふたりで朝ご飯を食べる、というシーンは、名刺とめしがかかっているのだと思うが、そのままになっているし、とーちゃんの「とーちゃんクールビズなんだが」という台詞は、「いつもはネクタイしないんだが」みたいな台詞に置き換わっていて、当たり前なんだけどちょっと残念な感じ。一方おなじ章で「エクレア」を初めて聞いたよつばが日本語ではただ「エクレヤ――!!」と返すのに対し、フランス語では、「un éclair」に対して「Netz clair?」(鼻がすっきり、というような意味なのか?)とひっかけてある。

 などなど面白いことはたくさんあるけど、最初の購入動機(というか言い訳?)のフランス語の勉強になっているかははなはだ謎。そもそも、読めたってしょうがない、聞けて話せないと!

2008年12月9日火曜日

まずははじまり

 ブリュッセルに行くことになった。


 以前、ドイツ(ボン)には住んでいたことがある。ヨーロッパ二度目だからなんとかなるだろうと思うものの、前回と違うのは、4歳児が家族に増えていることなのであった。

 そして、一番怖いのはフランス語(かオランダ語)。夫はドイツ語の人だし、私はフランス語は、好きな作家にかぶれて大学生のときにアテネ・フランセに通ったことがある、のみ。

 いやいやでも、まったくの白紙じゃないんだし、とペネロペシリーズの原書を手に取り、1ページとて理解できない状態に凍る私。

 いや、オランダ語なんて、ドイツ語がなまってるだけだから、なんとかなるんじゃない? と、失礼発言をしつつミッフィーシリーズの原書を手にとり、遠い目をする夫。

 両方とも、自国語でならうちの四歳児でもさくさく読んでるよ!


 しかし、BonnもBruxellesもBで始まる街ばっかり行く。ドイツは、その後、首都がBerlinに戻ったけど、首都はBで始まるのが多いのか?と思い、その後、Praha もParisもPで始まるから、と思い、さらに、でもどちらも口唇音だと気づく。

 口唇音とは文字通り、唇を使って発音するもので、M、B、Pなどがそう。子供が一番最初に発音しやすい音なのだそう。大学の授業で教授が、

「だから、子供が生まれて初めて発する言葉はどの国でもパパ、ママになる。それを『あ、おかあちゃん呼んでるよ』『今度はおとうちゃんじゃない?』などというのが日本人は、『おかあちゃん呼んでる』『これはご飯ほしがってるんだよ』とか言って、パパ=母、まんま=ご飯にしてしまったのだ」と説明していた。中世あたりでは、日本語の「母」はパパとふぁふぁの間くらいの音だったというのだ。こうして書いていると、教授の京都弁が頭によみがえってきて懐かしい(文字にできないのがもどかしい)。

 そうして気づいてみると、首都にはマドリード、北京などなど、ほかにも口唇音で始まる地名が多いように思うが、やはり、発音しやすい地名が勝つのか(日本は違うけど)?


 だが、ボンとブリュッセルの間に暮らした東京の街も文京区なのだった。このところ私がB街づいているだけなのかもしれない。


 そんなこんなで旅立って、はや三ヶ月超。到着するなり、街は汚い、車は乱暴、ドイツの方が良かった! と思ったり、いやそれはボンが田舎だからか? とか思ったり、ホテル暮らしのときにひたすら子供に神経衰弱(しかも、行きの機内でもらったトランプで!)やらされたり、『よつばと!』8巻を毎日毎日読まされ、暗記できるほどになってしまったり、二十四時間よつばと暮らしているとうちゃんは偉いと思ったり、コインランドリー争奪戦を繰り広げたり、意外と英語通じなかったり、寒くて服買ったり、暑くて服買ったり、いろいろあったけど、それはまた追々……。